東学思想と大巡思想の自生的近代性の比較
天観(天觀)の自生的近代性の比較
三才(三才)と三界(三界)
個体発生は系統発生を反復するというリミナリティの原理に従い、大巡思想は東学思想の特徴に新たな特徴が付け加わる。したがって、両思想の比較は、新たに現れる特徴を通じて行うことができる。大巡思想の天観に固有に現れる用語としては三界と後天を挙げることができ、これはそれぞれ東学思想の三才と先天に対比される。
まず大巡思想において三界とは、天界(天界)・地界(地界)・人界(人界)を指す。道教思想においても天上界・地下界などを個別に言及することはあるが、これらを総称して三界という表現を用いる事例は稀である。これに対し、大巡思想は大巡という用語からして「三界」を前提としており、大巡思想において核心をなす天地公事もまた、一連の三界公事として表現される。
その三界公事とはすなわち天・地・人の三界を開闢することであり、この開闢は他者がつくり上げたものに従って行うことではなく、新たにつくられるものであるから、以前にもなく今もなく、他者から受け継いだものでもなく、運数にあることでもなく、ただ上帝によってつくられねばならぬことである。『전경』「예시」 5.
『전경』「예시」 5.
右の例文において、三界は天界・地界・人間界を総称するものと定義される。三界は大巡思想の特徴を表す教理の核心語として現れる。三界(三界)は三才(三才)に対比されるが、大巡思想において初めて現れ、反復的に使用される。例えば、大巡思想において九天大元造化主神(九天大元造化主神)は三界至尊(三界至尊)『대순진리회 요람』, p.7.として三界を統察(統察)し、三界役使(三界役使)『전경』「교운」 1-17.を行う中、神聖・仏・菩薩の訴えによって三界混乱(三界混亂)『전경』「교운」 1-9.が三界錯乱(三界錯亂)『전경』「예시」 10.へと発展するのを三界大巡(三界大巡)『전경』「교운」 1-9; 『전경』「교운」 2-6.を通じて問題を診断し、三界大権(三界大權)『전경』「예시」 17; 『전경』「권지」 1-21.によって三界伏魔(三界伏魔)『전경』「행록」 5-38.を三界改造(三界改造)『전경』「예시」 7.する三界公事(三界公事)『전경』「공사」 3.を行って三界解魔(三界解魔)『전경』「교운」 1-30.し、三界を透明(透明)『대순진리회 요람』, p.9にして三界を開闢(開闢)『전경』「공사」 1-2する。
『대순진리회 요람』, p.7.
『전경』「교운」 1-17.
『전경』「교운」 1-9.
『전경』「예시」 10.
『전경』「교운」 1-9; 『전경』「교운」 2-6.
『전경』「예시」 17; 『전경』「권지」 1-21.
『전경』「행록」 5-38.
『전경』「예시」 7.
『전경』「공사」 3.
『전경』「교운」 1-30.
『대순진리회 요람』, p.9
『전경』「공사」 1-2
このような三界(三界)は、三才(三才)と比較して三つの特徴が現れる。第一に、三界至尊、三界大巡のように、九天の立場から眺める天観・地観・人間観の特徴が現れる。第二に、三界(三界)は「界(界)」がシステムという意味を持つため、三才(三才)と比較して神明界を強調する。第三に、三界(三界)は「界(界)」という用語に現れるように、属性を強調する東洋的な三才(三才)と比較して、西洋の実体性をも同時に強調する。各特徴を、三界が使用された用例に照らして検討すると以下のとおりである。
第一に、三界には、三界の至尊、三界大巡のように、九天の立場から眺める天観・地観・人間観の特徴が現れる。天主、すなわち九天大元造化主神(九天大元造化主神)は三界の至尊(至尊)として三界を統察(統察)し、三界において役事する。
天尊(天尊)とは
群生万物(群生萬物)を雷声(雷聲)によって普化万方(普化萬方)される、至大至聖(至大至聖)なる三界(三界)の至尊(至尊)であることを意味するものであり、『대순진리회 요람』, 「신앙의 대상」.
『대순진리회 요람』, 「신앙의 대상」.
九天(九天)とは
典経(典經)に『……すべての神聖(神聖)・仏(佛)・菩薩(菩薩)らが会集(會集)して九天(九天)に訴えたので…(교운 1장 9절)』とあるように、この宇宙(宇宙)を総轄(總轄)される最も高い位(位)におられる天尊(天尊)に訴えたという意味であり、その九天(九天)はまさに上帝(上帝)が三界(三界)を統察(統察)され、乾坤(乾坤)を調理(調理)し、運化(運化)を調錬(調鍊)しておられる最も高い位(位)であることを意味するものであり、『대순진리회 요람』, 「신앙의 대상」.
『대순진리회 요람』, 「신앙의 대상」.
統察(統察)という語もまた、三界と同じく国語辞典には存在しない大巡思想固有の用語である。国語辞典には洞察(洞察)、通察(通察)のみがあり、統察(統察)の統(統)は「統べる(거느릴)」の統(統)である。統察(統察)はまた統制(統制)と区別されるが、統制(統制)は統べながら制御することであり、統察(統察)は大宇宙を統べながら観察する。三界統察は三界至尊として在り、三界大権を用事することである。九天は三界至尊として在り、九天において神聖・仏・菩薩の訴えを聞く。
「この世に学校を広く建てて人を教えるのは、いずれ天下を大いに文明化し、三界の役事に付して神人(神人)の解冤を解こうとするものであるが、現下の学校教育は学ぶ者をして官吏の俸禄など卑劣な功利にのみ陥らせるので、それゆえ判の外で成道させたのである」と仰せられ、言葉を結ばれた。『전경』「교운」 1-17.
『전경』「교운」 1-17.
先天において神明が冤を解く方法は、人間に応じるか、人間として再び生まれてより高い境地の業績を成すという方法しかなく、それは学校を通じてのみ可能なものであった。三界役事は典経においてただ一度のみ言及される。三界役事において、三界の問題は人間を問題の解答として提示するということが分かる。
第二に、三界(三界)は「界(界)」がシステムという意味を持つため、三才(三才)と比較して神明界が強調される。東学思想と大巡思想の自生的近代性は、実体を強調する西洋の天観・地観・人間観の近代性と、属性を強調する伝統的な東洋の三才思想との衝突を背景とする。西洋の実体的な天観・地観・人間観は成長を主とするため力はあったが安定性がなく、東洋の三才観は安定を主とするため統合的な安定性は提示したが現実に対応する力が不足していた。東学思想は東洋思想に潜んでいた天外天を顕在化させ、東洋の三才観に不足した力を補おうとしたが、十分な方法とはなり得なかった。これに対し大巡思想では、三界という概念を通じて神明概念を導入することにより、東西の天観・地観・人間観を統合する方法を提示した。
大巡思想において九天は、天地神明である神聖・仏・菩薩の訴えによって三界混乱(三界混亂)『전경』「교운」 1-9.が三界錯乱(三界錯亂)『전경』「예시」 10.へと発展するのを三界大巡(三界大巡)『전경』「교운」 1-9; 『전경』「교운」 2-6.を通じて問題を診断する。
『전경』「교운」 1-9.
『전경』「예시」 10.
『전경』「교운」 1-9; 『전경』「교운」 2-6.
大巡真理会は、常道(常道)を失った三界(三界)を正してほしいという天地神明らの訴えによって、九天上帝が人世(人世)に降りて来られ、常道を失った天地度数を整理され、匡救天下(匡救天下)されようと解冤相生の道理(道理)を人界(人界)に宣布され、これに随伴(隨伴)した大公事(大公事)を四十年にわたり終えられて化天(化天)されたものであり、『포덕교화 기본원리』, 「연혁개요」.
『포덕교화 기본원리』, 「연혁개요」.
「天地神明らの訴え」とは「すべての神聖(神聖)・仏(佛)・菩薩(菩薩)らが会集(會集)して九天(九天)に行った訴え」を意味し、これによってすべての神聖(神聖)・仏(佛)・菩薩(菩薩)らが天地神明として表現されている。神明は属性と実体を結びつけ、実体を属性に合わせて動かし、属性が実体として現れるようにする。神明の役割によって、三界は混乱に陥ることもあり、混乱から抜け出すこともある。
…(上略)その文明は物質に偏り、かえって人類の傲慢を助長し、ついには天理を揺るがし、自然を征服しようとするところからあらゆる罪悪を絶え間なく犯して神道の権威を失墜させたため、天道と人事の常道が違えられ、三界が混乱して道の根源が断たれることとなり、原始のすべての神聖と仏と菩薩が会集して人類と神明界のこの劫厄を九天に訴えたので(下略)…『전경』「교운」 1-9.
『전경』「교운」 1-9.
混乱は神明界の作動の混乱として現れる。神明界の混乱は神明界の錯乱へと発展する。天界の混乱は冥府の錯乱から始まるという。「上帝が仰せられた『冥府の錯乱に従って全世界が錯乱したので、冥府公事が終結すれば全世界の事は解決されるのである。』この言葉を仰せられた後から、上帝は日ごとに紙に文を書かれては、それを焼かれた。『전경』「공사」 1-5.」という一節において、神明は混乱の原因でもあるが、問題解決の方法でもある。九天は三界大巡を通じて神明界の混乱を診断し、三界公事を通じて神明界の混乱を正す。「大巡真理」とは「三界開闢大巡真理」の略語である。
『전경』「공사」 1-5.
この宗団(宗團)の名称(名稱)を大巡真理会(大巡眞理會)とした、その大巡(大巡)という語句は、典経(典經)に上帝(上帝)が
「……(上略)原始(原始)のすべての神聖(神聖)・仏(佛)・菩薩(菩薩)らが会集(會集)して人類(人類)と神明界(神明界)の劫厄(劫厄)を九天(九天)に訴えたので、私が西洋(西洋)大法国(大法國)天啓塔(天啓塔)に降りて来て天下(天下)を大巡(大巡)し、この東土(東土)に至り……(下略)」とか、『전경』「교운」 1-9.
『전경』「교운」 1-9.
「……(上略)私は西洋(西洋)大法国(大法國)天啓塔(天啓塔)に降りて来て天下(天下)を大巡(大巡)し、三界大権(三界大權)をもって三界(三界)を開闢(開闢)し、仙境(仙境)を開いて死滅(死滅)に陥った世界(世界)の蒼生(蒼生)を救おうとして…(下略)」とか、『전경』「권지」 1-11.
『전경』「권지」 1-11.
「公又(公又)が三年(三年)の間、上帝(上帝)に仕えて天地公事(天地公事)に幾度も随従(隨從)したが、公事(公事)が終わるたびに彼は『各処(各處)の従徒(從徒)らに巡回(巡回)・演布(演布)せよ』との吩咐(吩咐)を受け、『この事こそ天地の大巡(大巡)である』という言葉を聞いた。」『전경』「교운」 1-64.などといった言葉の中で、三界大巡(三界大巡)開闢公事(開闢公事)の意を含んだその大巡(大巡)を引用(引用)して名づけたものである。『대순진리회 요람』「대순진리회」
『전경』「교운」 1-64.
『대순진리회 요람』「대순진리회」
右の例文において「三界大巡(三界大巡)開闢公事(開闢公事)の意を含んだその大巡(大巡)」という表現は、「大巡真理」とは「三界開闢大巡真理」の略語であることを示している。
第三に、三界(三界)は「界(界)」という用語に現れるように、属性を強調する東洋的な三才(三才)と比較して、西洋の実体性が強調される。大巡思想の九天は、三界大権(三界大權)『전경』「예시」 17; 『전경』「권지」 1-21.によって三界伏魔(三界伏魔)『전경』「행록」 5-38.を三界改造(三界改造)『전경』「예시」 7.する三界公事(三界公事)『전경』「공사」 1-3.を行って三界解魔(三界解魔)『전경』「교운」 1-30.し、三界を透明(透明)『대순진리회 요람』, p.9.にして三界を開闢(開闢)『전경』「공사」 1-2.する。まず三界は、属性の意味に偏った三才に比べ、三界大権のような実体を持つこととなり、実質的な変化をもたらす。
『전경』「예시」 17; 『전경』「권지」 1-21.
『전경』「행록」 5-38.
『전경』「예시」 7.
『전경』「공사」 1-3.
『전경』「교운」 1-30.
『대순진리회 요람』, p.9.
『전경』「공사」 1-2.
上帝はある日、金亨烈に「三界大権を主宰し、造化によって天地を開闢し、後天仙境(後天仙境)を開いて苦海に陥った衆生を広く救おうとする」と仰せられ、また仰せられた。
「いま末世に当たり、これから無極大運(無極大運)が開かれるので、
すべての事に慎んで、他人に隻を結ばず、罪を遠ざけ、
純潔な心で天地公庭(天地公庭)に参与せよ」
とお告げになり、彼に神眼を開いてやり、神明の会算と聴令(聽令)を参観させられた。『전경』「예시」 17.
『전경』「예시」 17.
右の例文において、九天は神明を通じて造化によって天地を開闢し、後天仙境(後天仙境)を開く手段として三界大権を言及する。神明を通じて九天は、三界に隠された魔である伏魔(伏魔)を解魔(解魔)し、開闢することもできる。
三界概念を通じた神明界の導入と、実体と属性の調和は、天外天の出現のみが強調された東学思想に比べ、大巡思想の人身降世とそれに伴う天観・地観・人間観の調和によって、より具体的に説明され得る。以上で検討した三界という概念を背景として、東学思想と大巡思想に現れた自生的近代性を比較して検討することができる。
まず東学思想の天観・地観・人間観の特徴を要約すれば以下のとおりである。第一に、東学思想においては、天界の外の存在である天主という概念を活性化した。東学の天観は、分離されているばかりであった東学以前の天観とは異なる。第二に、東学思想の天観は、形式的には西学の超越性と道教の内在性を同時に持ち、内容的には西学の内在性と道教の超越性を持つ。東学思想の地観の場合、東学思想もまた地上天国を志向する。東学思想の人間観を見ると、輔国安民を主張する。これは地と人間の調和、人間と人間の調和を背景とする。
東西を通じて、人間観と神観についての主張や思想は絶えず出現してきた。しかし、三界観を再定立し、三界観という世界観を通じて神観・人間観を再定立した思想は、大巡思想がほぼ唯一である。大巡思想が既存の宗教と異なる三界観の再定立であっただけに、したがって三界観研究は極めて稀であった。
東洋の世界観である天観・地観・人間観は、百余年前に起きた西洋の侵略以降、今日もはや東洋人も信じ頼る世界観ではない。天観・地観・人間観の否定は、すなわち東洋文明の否定であり、東洋が成し遂げた五千年の歴史に対する否定となる。したがって、天観・地観・人間観の再定立は、すなわち東洋文明の再定立であり、東洋史の復活である。
東学思想の変化した天観・地観・人間観に対して、大巡思想は三界概念を提示する。三界は、その起源が古いだけでなく、巨視的な世界観を超えて、東アジア文化全体に微視的な枠組みを提供した。三界は、天・地・人という空間的世界観を超え、東アジアの哲学・宗教・科学・芸術・技術の基盤となった陰陽五行という方法論の基盤となった。三才は陰陽理論と五行理論の共通基盤として、支配文化から民俗に至るまでの統一的な枠組みを提供した。
大巡思想の世界観は三界観(三界觀)によって特徴づけられる。三界観を明確に世界観として提示する宗教は大巡思想がほぼ唯一である。大巡思想において三界とは、天界(天界)・地界(地界)・人界(人界)を指す。道教思想においても天上界・地下界などを個別に言及することはあるが、これらを総称して三界という表現を用いる事例は稀である。これに対し、大巡思想は大巡という用語からして「三界」を前提としており、大巡思想において核心をなす天地公事もまた、一連の三界公事として表現される。
相関的思惟を主張したのは甑山を信仰の対象とする宗団であり、その中でも大巡思想が最も代表的である。大巡宗団はさらに三界を明示し、また強調する。大巡思想もまた三界観の定立を天地公事の最優先課題とし、理論的にも優先順位に配した。大巡思想の三界観の定立は、相関的思惟に基づくリミナリティと再活性化であり、陰陽合徳・三才確立・五行具備といえる。これを天地公事においては実際に天・地・人に具現するのである。
開闢が最も具体化されたものが、大巡の三界開闢である。甑山が三界開闢を語る前にも再び開闢があったが、三界開闢は明確で実体性がある。東学に対する多くの研究があったが、天観・地観・人間観に関する大巡思想との比較研究は稀である。東学思想と大巡思想の比較は、天観・地観・人間観の変化において最も明瞭に現れる。
三界が東アジア文化に広範な事例を持つにもかかわらず、かえって三界に対する理解は、大巡思想自体のみならず東洋思想研究全体においてもいまだ不十分な状況である。三界に関する研究が不十分なのは、三界という概念が実証的かつ論理的な説明を必要とするという点にある。これは人文科学の領域を超える学際的研究の分野であり、すなわち三界が持つ広範な領域がかえって障害として作用した。三界は単なる象徴的な枠組みではなく実体的な文化に適用されるため、三界が持つ無限の領域を説明するにあたって、既存の西洋科学と符合しない場合が多かった。したがって、東アジア思想を研究するにあたり、世界観としての三界は前近代的な世界観とみなされ、思想部分のみが別個に研究されてきた。
天地人を三界として解釈する大巡思想の天観・地観・人間観は、道教の天観・地観・人間観と表面的には符合する。道教の三界(三界)は、天地人という三才の才(才)概念が世界(世界)という界(界)概念へと拡大されて成立した概念である。東洋の三界は、大きく欲界・色界・無色界からなる仏教の三界と、道教の天界・地界・人界とに二分される。物質的世界を明確に説明する道教的な天観・地観・人間観と、精神的境地としても理解される仏教的な三界観は、説明分野の差異が明確に見えるが、共通点も現れる。共通点のうち、まず三界という名称を見ると、仏教の三界概念以降、道教においても三才の代わりに天界・地界・人界という「界」概念が出現するという点である。また天の区分においては、仏教の三界に現れる天を合わせると二十八天となり、道教も上位の天を除けば二十八天となる。二十八天という天の数が一致するという点で、道教が三才を仏教の三界と同じく「界」と表現したことには、道教の天界・地界・人界と仏教の三界が共通点を持つという点を示している。仏教と道教の「界」概念におけるもう一つの共通点は、世界認識において三数分化的思考を適用したという点である。박태봉, 「韓國의 思想과 文化에 나타난 三數原理 硏究」, 공주대학교 박사학위논문, 2020.
박태봉, 「韓國의 思想과 文化에 나타난 三數原理 硏究」, 공주대학교 박사학위논문, 2020.
仏教と道教のいずれにおいても、三数分化は仏教と道教に共通する易学的な対称性の強調であると見られる。対称性そのものは陰陽の二数分化であるが、対称性を持続させるにあたっては、二つの軸の中心に新たな中心軸を必要とする。巨視的な太陽系や微視的な素粒子系の自然現象のように、形而上学的な思想においても、三つの軸があってこそ初めて持続的な対称性を維持することができる。三位一体概念の世界的な遍在(偏在)のように、三数分化の世界観が東洋のみならず古今東西を通じて全世界に普遍的である理由は、明確に対称性の維持にあるということである。これはまた、陰陽合徳を宗旨とする大巡思想の三界観の特徴である。大巡思想の三界観と符合する道教の天観・地観・人間観が注目されるもう一つの理由は、科学的性格のためである。とりわけ宇宙を単一の原理の反復として見る量子力学のフラクタル的世界観が、一九六〇年代の新科学者カプラらによって浮かび上がってきた。프리초프 카프라 지음, 김용정, 김동광 옮김, 『생명의 그물 : 생물 시스템에 대한 새로운 과학적 이해』, 서울: 고양, 1998.; 프리초프 카프라 지음, 이성범, 김용정 옮김, 『현대 물리학과 동양사상』, 고양: 범양사, 2015.
프리초프 카프라 지음, 김용정, 김동광 옮김, 『생명의 그물 : 생물 시스템에 대한 새로운 과학적 이해』, 서울: 고양, 1998.; 프리초프 카프라 지음, 이성범, 김용정 옮김, 『현대 물리학과 동양사상』, 고양: 범양사, 2015.
先天(先天)と後天(後天)
東学思想と大巡思想の天観に現れる最も顕著な差異は、圧縮的に先天と後天であるといえる。三界と三才の差異のように、先天と後天は単なる時代の差異のみを意味するのではなく、近代性において神明の役割の有無が関わる核心的な概念である。後天という概念は、上帝の人身降世を基準として先天と後天に区分される。東学思想の天外天の出現と大巡思想の九天人身降世は、世界を構成する神明界の立場からすれば比較できないほど大きな差異となるため、後天の境界は、神明界と人間界の総体的な地位変化をもたらす大巡思想の九天人身降世から始まる。したがって、大巡思想において後天という概念は、正易思想とは全く異なる大巡思想だけの表現となる。
東学思想において開闢は、「도로선천(元に戻る先天)」という意味を持つ「다시 개벽(再びの開闢)」となる。東学思想の「再びの開闢」は、しばしば「後天開闢」という言葉で解釈されてきた。しかし、東学思想を引き継いだ東学関連宗団の記録を見ると、「再びの開闢」は「後天開闢」の意味よりも、「元に戻る先天」という先天の原点回帰として見られる。「元に戻る先天」は「再びの開闢」と形式的に類似した用語として見られる。「元に戻る先天」という用語を使用した「尚州東学」は、東学関連の経典や歌辞を新たに数多く頒布した宗団として知られている。出版と文献に集中した宗団が「元に戻る先天」として「再びの開闢」を解釈したのは、東学経典の文脈上「再びの開闢」は「元に戻る先天」と解釈されるのが妥当であるという立場であると見られる。実際、当時の問題を儒教的な観点からのみ見るならば、当時の問題に対する最善の解決策は、再び堯舜の時代に戻る「再びの開闢」となり得る。김탁, 「동학교 '도로 선천(先天)'사상의 내용과 의의」, 『대순사상논총』 48, 2024, pp.199-237.
김탁, 「동학교 '도로 선천(先天)'사상의 내용과 의의」, 『대순사상논총』 48, 2024, pp.199-237.
これに対し、大巡思想はこれについて後天開闢を主張する。先天と後天の概念もまた、リミナリティの原理に従って個体発生は系統発生を反復するため、東学思想の先天との比較は、後天の特徴を検討することによって行うことができる。後天は、東洋の属性的天観と西洋の実体的天観が合徳された天観である。儒仏仙を統合する大巡思想の立場からすれば、堯舜の時代が再び始まるという「元に戻る先天」というのは、儒教の典憲によって大巡思想を縮小して理解したものとなる。
上帝は十二月に入り、諸々の公事を終えられ、逆度(逆度)を調整する公事に着手された。京石・光賛・乃成は大興里へ行き、元一は申京元の家へ、亨烈と自賢は銅谷へ発った。上帝は残った文公信・黄応鍾・申京水らに仰せられた。「京石は誠(誠)・敬(敬)・信(信)が至極であるので、別に用いてみようかと思っていたが、自ら請う事であるから致し方ない」とお告げになり、また「もともと東学が輔国安民(輔國安民)を主張したのは、後天の事を唱えたにすぎなかったが、心はそれぞれ王侯将相(王侯將相)を望み、願いを叶えられぬまま引かれて行って死んだ者が数万名である。怨恨が天に満ちたので、その神明らをそのまま放っておけば、後天には逆度(逆度)に引っかかって政事が乱れることとなるゆえ、その神明らの解冤の頭目を定めようとしている最中であるが、京石が十二帝国を口にするので、これは自請である。その父親が東学の重鎮として捕らえられて死に、彼もまた東学の総代を務めたのであるから、いまから東学の神明らをすべて京石に付して送ったので、この座から王侯将相(王侯將相)の解冤がなされるであろう」と仰せられ、紙に文を書かれながら外人の出入りを禁じ、「後日に見よ。金銭の消費が多くなるであろうし、人も甲午年より多くなるであろう。解いておいてこそ後天に何の差し障りもないのである」と言葉を結ばれた。『전경』「공사」 2-19.
『전경』「공사」 2-19.
東学思想の元々の趣旨は後天であったが、儒教の典憲によって大巡思想を理解した東学思想は、後天を「元に戻る先天」と誤解して「国中こぞって両班になる」思想として東学思想を理解する。さらに「両班」の夢は王侯将相へとつながり、これは「元に戻る先天」という解釈が不完全な解釈となったことを示している。
系統発生が個体発生において反復されるという原理のように、大巡思想においては、新しい時代は儒仏仙を統合した新しい思想によって新しい世界において実現されるものであり、それは「元に戻る先天」ではなく、新しい天・新しい地である後天とならねばならなかった。
大巡思想において先天は、後天と対比される止揚すべき世界ではなく、生長斂蔵の原則に従って後天へ向かうために経るべき過程であった。先天の数多くの怨恨は、後天において解冤として解かれ得る動力であった。しかし、先天が「元に戻る先天」のように初めにリセットされることが開闢、すなわち大巡思想の自生的近代性の意味ではなかった。大巡思想の自生的近代性が追求しようとした開闢と後天は、系統発生を反復する個体発生のように、古今東西の理のうち長所のみを集めてつくる新しい世界であった。『전경』「예시」 30.
『전경』「예시」 30.
もともと「先天」という言葉は邵康節によって易学史において初めて使用され、朱熹と「書伝序文」を書いた蔡沈の父である蔡元定によって先天易学の学問的体系が完成された。조희영, 「서명응의 선천역학 정립과 시대적 의의; 『선천사연』을 중심으로」, 『철학연구』 98, 2012, p.1. 先天易学とは、文王の六十四卦に従って占う易学とは異なり、伏羲八卦図と河図洛書に現れた宇宙変化の原理を探究する易学である。今日しばしば用いられる伏羲八卦図は、邵康節が公開する前には存在しなかった。先天易学において先天は、易において天に先んじるという意味で使用されたものであり、事物が相克的に運行する前、あるいは物質が生じる前を指す。邵康節は、堯帝が土(土)の概念を発見したことを境界として先後天を区分する。先天易学は八卦の配置に関わるため、『正易』もまた広義の先天易学といえる。先天易学の現代的解釈については、한규성한규성 원저, 한필훈 엮음, 『주역에 대한 46가지 질문과 대답』, 동녘, 1996; 한규성, 『역학원리강화』, 예문지, 1997.、한태동한태동, 『사유의 흐름』, 연세대학교 출판부, 2003.、한장경한장경, 『주역·정역』, 삶과 꿈, 2001.、한동석한동석, 『우주변화의 원리: 陰陽五行原理』, 대원출판, 2003.、이승수이승수, 『중의 원리』, 서울: 지지닷컴, 2008.、김승호김승호, 『주역원론』 (1-6), 선영사, 2009.、유남상윤종빈, 『정역과 주역』, 상생출판, 2009.、이현중이현중, 『역경과 사서』, 역락, 2004.、임병학임병학, 『역학과 하도낙서』, 한국학술정보, 2008.、윤종빈윤종빈, 『한국역학연구의 기초』, 문경출판사, 2012.、김상일김상일, 『역과 탈현대의 논리』, 지식산업사, 2006.が広く知られている。
조희영, 「서명응의 선천역학 정립과 시대적 의의; 『선천사연』을 중심으로」, 『철학연구』 98, 2012, p.1.
한규성 원저, 한필훈 엮음, 『주역에 대한 46가지 질문과 대답』, 동녘, 1996; 한규성, 『역학원리강화』, 예문지, 1997.
한태동, 『사유의 흐름』, 연세대학교 출판부, 2003.
한장경, 『주역·정역』, 삶과 꿈, 2001.
한동석, 『우주변화의 원리: 陰陽五行原理』, 대원출판, 2003.
이승수, 『중의 원리』, 서울: 지지닷컴, 2008.
김승호, 『주역원론』 (1-6), 선영사, 2009.
윤종빈, 『정역과 주역』, 상생출판, 2009.
이현중, 『역경과 사서』, 역락, 2004.
임병학, 『역학과 하도낙서』, 한국학술정보, 2008.
윤종빈, 『한국역학연구의 기초』, 문경출판사, 2012.
김상일, 『역과 탈현대의 논리』, 지식산업사, 2006.
後天という概念は、東学思想において天主という概念が使用されることで始まる。先天と後天を分けるものは、上帝の人身降世であるからである。「天主(天主)」は、マテオ・リッチ(Matteo Ricci)がある中国人青年から伝え聞いた唯一神の名である。안성호, 「17세기 초 마테오 리치의 『천주실의』와 19세기 제임스 레그의 중국유교경전 영어번역본에서 사용된 용어 '상제(上帝)'간의 신학적 연속성」, 『한국기독교와 역사』 32, 한국기독교역사연구소, 2010, pp.302-304.; 첸카이 통, 『고대 중국 속의 하나님』, 서울: 순출판사, 2009. マテオ・リッチを含め、儒教経典を研究したカトリック神父やキリスト教牧師は、原始儒教の上帝は純粋な唯一神論的な姿であるという。안성호, 「존 로스의 중국유교 원시유일신론과 중국어 성서번역의 용어논쟁에 관한 신학적 입장」, 『한국기독교와 역사』 40, (한국기독교역사연구소, 2014), p.228. 中国に西教を初めて伝えたカトリック神父であるマテオ・リッチと、『周易』や『論語』など四書五経を西洋に翻訳したプロテスタント牧師であるジェームズ・レッグ(James Legge, 1815-1897)とは、ほぼ同一人物であるかのように、中国人はノアの子孫らが移住して来たため原始唯一神思想があり、その後堕落したものであると主張する。Legge, The Notions of the Chinese concerning God and Spirits, p.33, 안성호, 「17세기 초 마테오 리치의 『천주실의』와 19세기 제임스 레그의 중국유교경전 영어번역본에서 사용된 용어 '상제(上帝)'간의 신학적 연속성」, 『한국기독교와 역사』 32, 한국기독교역사연구소, 2010, pp.315-316에서 재인용. 二十世紀初頭まで欧州最高の中国学者であったラクペリ(Terrien de Lacouperie, 1844-1894)もまた、黄帝はバビロニアから来たことを主張した。쑨장,「황제(黃帝)는 바빌론에서 왔다: 라쿠페리의 “중국 문명 서래설”과 동아시아로의 전파」, 『개념과 소통』 5, 2010, pp.79-26.
안성호, 「17세기 초 마테오 리치의 『천주실의』와 19세기 제임스 레그의 중국유교경전 영어번역본에서 사용된 용어 '상제(上帝)'간의 신학적 연속성」, 『한국기독교와 역사』 32, 한국기독교역사연구소, 2010, pp.302-304.; 첸카이 통, 『고대 중국 속의 하나님』, 서울: 순출판사, 2009.
안성호, 「존 로스의 중국유교 원시유일신론과 중국어 성서번역의 용어논쟁에 관한 신학적 입장」, 『한국기독교와 역사』 40, (한국기독교역사연구소, 2014), p.228.
Legge, The Notions of the Chinese concerning God and Spirits, p.33, 안성호, 「17세기 초 마테오 리치의 『천주실의』와 19세기 제임스 레그의 중국유교경전 영어번역본에서 사용된 용어 '상제(上帝)'간의 신학적 연속성」, 『한국기독교와 역사』 32, 한국기독교역사연구소, 2010, pp.315-316에서 재인용.
쑨장,「황제(黃帝)는 바빌론에서 왔다: 라쿠페리의 “중국 문명 서래설”과 동아시아로의 전파」, 『개념과 소통』 5, 2010, pp.79-26.
侍天主呪文の「天主(天主)」が重要であるのは、東学の弾圧の原因が「侍天主」呪文の「天主(天主)」に基づく東学の天主教嫌疑であったからである。崔水雲が「侍天主」呪文の「天主(天主)」が、東学が天主教と見なされ得る危険があることを知りながらも、なぜあえて「天主(天主)」に固執したのかは、学界では解けない宿題である。崔水雲は上帝の教えを啓示されたのであり、侍天主もまた上帝の啓示であったため、天主教と見なされ得る懸念はあったが直すことができなかった。「侍天主」における天主は、弥勒上生経に出てくる兜率天主弥勒を意味することもあった。百千の天子らが天の伎楽(伎樂)を奏でると同時に、天の曼陀羅花[曼陀羅花]と摩訶曼陀羅花を持ってその上に散らしながら讃えて言うには、『善きかな、善きかな。善男子よ、あなたが閻浮提において広く福業を修めたゆえに、ここに来て生まれたのである。ここがまさに兜率陀天であり、いまこの天主(天主)の名は弥勒であり、あなたはまさに帰依すべきである。』と。(佛說觀彌勒菩薩上生兜率天經, 百千天子作天伎樂持天曼陁羅花摩訶曼陁羅花以散其上讚言善哉善哉善男子汝於閻浮提廣修福業來生此處此處名兜率陁天今此天主名曰彌勒汝當歸依, 동국대학교 불교기록문화유산아카이브)。九天大元造化主神もまた、九天の天と造化主の主を合わせて天主といえる。マテオ・リッチがDeusを天主と翻訳したのは、自身が創作した用語ではなく、当時の中国において神を意味する用語であったからである。後天は、弥勒下生後の龍華世界と対比される概念であった。최종석, 「증산교(甑山敎)에 나타난 불교적 요소: 미륵신앙의 수용을 중심으로」, 『禪文化硏究』 23(-), 2017, pp.254-255.
百千の天子らが天の伎楽(伎樂)を奏でると同時に、天の曼陀羅花[曼陀羅花]と摩訶曼陀羅花を持ってその上に散らしながら讃えて言うには、『善きかな、善きかな。善男子よ、あなたが閻浮提において広く福業を修めたゆえに、ここに来て生まれたのである。ここがまさに兜率陀天であり、いまこの天主(天主)の名は弥勒であり、あなたはまさに帰依すべきである。』と。(佛說觀彌勒菩薩上生兜率天經, 百千天子作天伎樂持天曼陁羅花摩訶曼陁羅花以散其上讚言善哉善哉善男子汝於閻浮提廣修福業來生此處此處名兜率陁天今此天主名曰彌勒汝當歸依, 동국대학교 불교기록문화유산아카이브)。九天大元造化主神もまた、九天の天と造化主の主を合わせて天主といえる。
최종석, 「증산교(甑山敎)에 나타난 불교적 요소: 미륵신앙의 수용을 중심으로」, 『禪文化硏究』 23(-), 2017, pp.254-255.
大巡思想において後天は、三才が確立された三界観である。三才確立の大巡思想の天界観は、天の天文までも再整備する。大巡は無極神という概念を通じて無極を実体化し、太乙天上元君を通じて太極を実体化する。後天は、神明が導入され、九天の視点から見える未来の天界観である。後天の天界観は以下のとおりである。
第一に、大巡思想の天界観念は二つの天界観念として現れる。上帝としての天が新たに加わる。大巡思想において神は、上帝としての神と天地神明という二つの神があり、天もまた地と対比される太極の天があり、天と地を統合したその上の太極の天がある。無極と太極のいずれも上帝が主宰する。
第二に、大巡思想は、天地が陰陽であるという宣言にとどまった東学に比べ、理法天が東学思想に比べて具体化される。総合すれば、大巡思想の天界観の特徴は、古い天と新しい天の交替、太極と理致の強調、天の恩恵と地の理致の区分、天と地の陰陽合徳の関係など、東学思想よりもより具体的な天界観として現れる。
東学思想の天界観に現れる相関的思惟は、大巡思想に比べて制限される。大巡思想の天界観において天人関係と天地関係がより浮き彫りにされるのは、東学思想よりも大巡思想の天界観においてリミナリティの様相が強化されることを示している。さらに、大巡思想の天界観には東学思想に現れない相生が強調され、天の役割が再規定されて、大巡思想において再活性化が拡大される。
大巡思想において再活性化された天界観は、無極神・太乙天上元君として実体化され、七星呪の座配置も変わり、二十四呪と二十八宿呪に神明の名が呼ばれることで天界観が再確立される。これは天地公事において冥府公事を通じて実現される。天象分野列次之図の天文が再整列される。
大巡思想において開闢された後天とは、古今東西の時空間に現れたすべての理の融合を意味する。したがって、東学思想の調和に現れた東西の天観・地観・人間観の連結は、大巡思想において三界公事を通じて融合にまで発展する。
内有神霊と外有気化からなる東学思想の天地関係の無為而化は、大巡思想において生長斂蔵の四儀(四儀)として現れる。天地公事によって整備された二十八宿・二十四節候などの結果として、十干十二支・元亨利貞・十二運星の調和が大巡思想においては定立される。これは大巡思想の無極道趣旨書に現れている陰陽合徳・三才確立・五行具備の順に現れる。
しかし、既存の天観・地観・人間観は、天地人の関係が固定され、不均衡であり、互換され得ないため、主に人間の救援や苦痛からの解脱、人間の不老長生を追求したのであって、人間による世界精神の具現を追求し得なかった。既存の天観・地観・人間観は、過去に西洋文明が東洋に伝播した際に解けなかった宿題をいまだ抱えている。大巡の三界観が既存の天観・地観・人間観と異なるのは、三界の可変性・恒常性・互換性である。大巡の三界観は、上帝によって可変性・恒常性・互換性を持つ。
近代の問題を伝統的な三界の問題として見る視角は、道教においてもなされたことがない。大巡思想が百余年を経た今日においても光を放つ理由は、百余年を経た今もなお、大巡思想ほど近代文明を伝統的な東洋の観点から診断した事例が稀であるからである。三界の老衰と不均衡という観点から近代の諸問題を眺めたという観点について、差別化された研究を必要とする。
地観(地觀)の自生的近代性の比較
気化(氣化)と調理(調理)
超越天の立場から天観・地観・人間観を規定する東学思想と大巡思想において、地は既存の天地に属する地ではなく、超越天に対比される天地概念、すなわち気化(氣化)となる。しかし、東学思想に神明概念を導入した大巡思想の場合、気化は、人身降世した超越天による調理(調理)、すなわち土の仲裁者としての役割が気化概念に付け加わる。大巡思想の調理概念もまた、個体発生は系統発生を反復するというリミナリティの原理に従い、大巡思想に現れた調理概念を通じて、東学思想と大巡思想の地観を比較することができる。調理は、神明界によって調和される大巡思想の地界観を、東学思想と対比して鮮明に表す概念である。
天用地用 人用之 調理綱紀 統制乾坤 此之謂造化手段也 『전경』「제생」 43.天用(天用)と地用(地用)と人用(人用)は綱紀(綱紀)を調えることであり、天と地を統制する。これを造化(造化)の手段(手段)と称する。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp.175-176)
『전경』「제생」 43.天用(天用)と地用(地用)と人用(人用)は綱紀(綱紀)を調えることであり、天と地を統制する。これを造化(造化)の手段(手段)と称する。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp.175-176)
右の例文は、気化に対応する調理が、気化と同じく宇宙の運行を説明する核心的な原理となることを、右の例文は示している。調理の理(理)は理致あるいは理法などと表現される。大巡思想において地は、理致の中心となる存在として現れる。
上帝は丁未年の十二月二十三日に、申京水を彼の家に訪ねられた。上帝は堯(堯)の暦像日月星辰敬授人時(曆像日月星辰敬授人時)について仰せられた。「天地は日月でなければ空の殻であり、日月は知人(知人)でなければ虚影(虛影)であり、唐堯(唐堯)が日月の法を解き明かして民に教えたので、天の恩恵と地の理致が初めて人類に与えられたのである」と。このとき上帝は日月無私治万物 江山有道受百行(日月無私治萬物 江山有道受百行)を教え、五呪(五呪)をつくって天地の津液(津液)と名づけられたが、その五呪は以下のとおりである。『전경』「교운」 1-30.
『전경』「교운」 1-30.
右の例文において地の理致とは、天円地方の原理どおりに理致と法則に重点を置く地の姿を示している。理は太極と関連して伝統的に現れる。東学思想と大巡思想が出現する前の理気論において理は中心思想であったため、東学思想は「気化」という概念によって相対的に理よりも気を強調した。大巡思想はこれに対して、理(理)以前の理(理)、すなわち無極太極を強調し、日用事物に適用される実質性を強調する。大巡思想が発生した井邑は、理気論のうちでも実質論的な理気論である一斎李恒の伝統があったという。김익두, 최영성, 이선아, 김범수 지음, 『일재 이항의 사상·학문·이론에 관한 새로운 시각들』, 서울: 문예원, 2014.
大巡思想が発生した井邑は、理気論のうちでも実質論的な理気論である一斎李恒の伝統があったという。김익두, 최영성, 이선아, 김범수 지음, 『일재 이항의 사상·학문·이론에 관한 새로운 시각들』, 서울: 문예원, 2014.
理雖高 出於太極无極之表 不離乎日用事物之間 『전경』「제생」 43. 理雖高 出於无極太極之表, 不離乎日用事物之間。理は高しといえども、太極と無極の表より出で、日用(日用)の事物の間を離れず。
『전경』「제생」 43. 理雖高 出於无極太極之表, 不離乎日用事物之間。理は高しといえども、太極と無極の表より出で、日用(日用)の事物の間を離れず。
右の例文において「理は高しといえども無極太極から出現したもの」という表現は、無極と太極の主宰者である大巡思想の九天に理(理)が属するものであることを示している。これによって、すなわち日用事物の間、すなわち森羅万象に理(理)が存在する。理気論において理(理)が実体性を排した属性を志向する概念であったとすれば、右の例文に現れた理(理)は実体性が強調される理(理)概念である。
太極は宇宙の根源であるため、初めの根源にのみあるのではなく、華厳経の理(理)のように万物に内在する。万物に太極があるという朱子の「各具太極、統体太極(各具太極, 統體太極)」という表現は、塵の中に無数の仏がいるという華厳経の言葉のように、朱子の「各具太極、統体太極(各具太極, 統體太極)」という表現は華厳経の重重無尽(重重無盡)とつながる。(김종욱, 「복잡계로서 생태계와 법계」, 『철학사상』 41, 2011, pp.7-36)極大の宇宙と極小の宇宙に太極がこのように共同で存在するという意味である。太極と仏教の理(理)が異なるのは、太極は具体的に太極内部が陰陽から構成されているということを明示的に表現するという点のみである。理気論の理(理)と華厳経の理(理)が異なるのも、華厳経の理(理)よりも理気論の理(理)が元亨利貞という具体的な属性までを表すという点である。
朱子の「各具太極、統体太極(各具太極, 統體太極)」という表現は華厳経の重重無尽(重重無盡)とつながる。(김종욱, 「복잡계로서 생태계와 법계」, 『철학사상』 41, 2011, pp.7-36)
もともと理(理)というカテゴリーの特徴は、包容性・多様性・動態性であるという。性理学以前の理(理)概念を見ると、説文解字において、事物の筋目は玉(玉)が最も緻密であるために玉(玉)に従うという次元で、玉(玉)と理(理)がつながる。理(理)が初めて現れるところは『詩経(詩經)』『左伝』『国語』であり、文様の理致という文理(紋理)として用いられた理(理)の概念が、治める理致である治理(治理)として現れる。その後、易(易)においては天下の理・性命の理となり、孟子の義理、荀子の礼理となった後、道家の天然の理へと変わる。その後、董仲舒の理(理)概念と黄帝内経の理(理)概念が出現する。董仲舒は『春秋繁露』「循環之道」において「天地之未達 理(天地之未達 理)」といい、黄帝内経においては生長化成収蔵を「養生の理(理)」という。장입문 외 지음, 안유경 옮김, 『리의 철학』, 서울: 예문서원, 2004, pp.30-36, 46, 49, 106.
장입문 외 지음, 안유경 옮김, 『리의 철학』, 서울: 예문서원, 2004, pp.30-36, 46, 49, 106.
もともと理(理)というカテゴリーの特徴が包容性・多様性・動態性であったのは、陰陽五行の「土」概念から出発したからである。大巡思想の「理」概念は、この「土」概念としての「理」概念を再活性化することにより、「気化」概念に偏った東学思想に比べ「理」概念を導入することができ、これに従ってそれに随伴する神明概念までも導入し、より具体的な自生的近代性を提示することができた。
元亨利貞大經大法道正天地數定千法而理定心法 『전경』「교운」 2-33. 元亨利貞 大經大法 道正天地 數定千法 而理定心法、道(道)は天地を正し、数(數)は千法(千法)を定め、理(理)は心法を定む。(최치봉, 「대순사상의 태극에 관한 연구」, 『대순사상논총』 23, 2014, p.403)
『전경』「교운」 2-33. 元亨利貞 大經大法 道正天地 數定千法 而理定心法、道(道)は天地を正し、数(數)は千法(千法)を定め、理(理)は心法を定む。(최치봉, 「대순사상의 태극에 관한 연구」, 『대순사상논총』 23, 2014, p.403)
道の悟りを定義する「覚道文」に現れる右の例文において、理は元亨利貞と、土を意味する心概念との間に現れ、心が土となることは心を定めることがこの理概念であると表現することにより、理(理)と気(氣)の関係が土と木火金水の関係であることを示している。大巡思想は、理気論の出発点が陰陽五行であり、邵康節によるものであることを間接的に強調している。
「東学歌辞(東學歌辭)に三つの気運が明かされているが、言は蘇・張(蘇秦 張儀)の雄弁があり、知は康節(康節)の知識があり、文は李・杜(李太白 杜子美)の文章があるとあるので、よく考えてみよ」と仰せられた。『전경』「교법」 2-42.
『전경』「교법」 2-42.
理気論の出発が陰陽五行によるものであったということが、性理学によって長らく忘れられた。性理学が西洋に敗北したのも、陰陽五行を自ら廃棄した点に求められている。陰陽五行は理気論の出発であったが、性理学者たちは理気論は受け入れつつも陰陽五行は迷信とみなした。マテオ・リッチ以降、陰陽五行の迷信化は加速した。陰陽五行を理気論として定礎した徐命膺らによる邵康節理論の再照明は、当時としては必然的なものであった。
人間の調理(調理)を通じた解冤相生が実現されれば、東洋と西洋の神人関係は互いに統合され得る。陰陽五行として神明が存在することが確実になれば、西洋の地水火風もまた円の循環の一つとなる。西洋においては神明の概念が天使の概念へと降格されているが、再び天使もまた神明の地位へと復帰される。今日、西洋の「死生学」においては、西洋もまた先霊神の存在を認めている。ウェルダイイング(Well-dying)を目標とするホスピス運動から始まったが、現代西洋の死生学は数万件の臨死体験の事例を通じて、西洋においても東洋と同じく死後の世界において、生前には一度も会ったことのない先霊神と遭遇することを立証している。(이븐 알렉산더; 프톨레미 톰킨스 [공]지음, 고미라; 이진 [공] 옮김, 『나는 천국을 보았다』, 파주: 김영사, 2013, pp.124-130, 190)
今日、西洋の「死生学」においては、西洋もまた先霊神の存在を認めている。ウェルダイイング(Well-dying)を目標とするホスピス運動から始まったが、現代西洋の死生学は数万件の臨死体験の事例を通じて、西洋においても東洋と同じく死後の世界において、生前には一度も会ったことのない先霊神と遭遇することを立証している。(이븐 알렉산더; 프톨레미 톰킨스 [공]지음, 고미라; 이진 [공] 옮김, 『나는 천국을 보았다』, 파주: 김영사, 2013, pp.124-130, 190)
西洋の先霊神もまた再び復帰する。西洋においても、人間と関係する先霊神と、自然と関係する天地神明が区分される。天使が神明と同じになれば、西洋においても人間は天使と合わさる存在となる。東洋と西洋の性格上、西洋は地下神と親近性があってきたが、陰陽が合徳され、西洋においても祖先の魂霊とともにある。大巡思想は「祖先が四代(代)を過ぎれば霊にもなり仙にもなる」とすることにより、理気論と霊魂論をいずれも説明する。西洋において天使の概念が神明へと転換されれば、絶対者の性格も転換される。ミシェル・セールは、東洋の神明概念と同じく、天使概念が単なる概念ではなく、西洋の認識論的枠組みを形成する決定的契機とみなす。(미셸 세르 지음, 이규현 옮김, 『헤르메스』, 서울: 민음사, 2009 pp.299-303)東洋においては無極・太極のように究極的存在を理法化したが、イエスが父という名で人格化させた西教の伝統も受容し、大巡思想においては無極・太極を無極神などの名で具体化することにより、東西の神人関係は再定立される。再定立された東西の神人関係は、以下のように自然の変化をも説明することができる。
ミシェル・セールは、東洋の神明概念と同じく、天使概念が単なる概念ではなく、西洋の認識論的枠組みを形成する決定的契機とみなす。(미셸 세르 지음, 이규현 옮김, 『헤르메스』, 서울: 민음사, 2009 pp.299-303)
道主は海印寺から戻られた翌日に、諸々の従徒を集めて仰せられた。「上帝が海印を印牌と仰せられたといって、何らかの物体と考えるのは誤った考えである。海印は遠いところにあるのではなく、自分の掌中(掌中)にある。宇宙森羅万象のあらゆる理致の根源が海にあるので海印であり、海島真人(海島眞人)という言葉がある。海水を見よ。すべてが電気である。水は流れて下るが、上る性品を持っている。森羅万象の根源が水気を吸収して生長する。天は三十六天(三十六天)があって上帝が統率され、電気を司られて天地万物を支配・滋養されるので、雷声普化天尊上帝(雷聲普化天尊上帝)であられる。天上の電気が海水にあったので、海水の電気によって万物を包蔵する」と仰せられた。『전경』「교운」 2-55.
『전경』「교운」 2-55.
東学において「気化(氣化)」という概念が現れるところは「内有神霊 外有気化」の部分である。内有神霊・外有気化の場合、神霊と気化は、東学において東西を連結するもう一つの概念である。水雲は、人格的でありながら同時に非人格的であり、外在的でありながら同時に完全に内在的である天主の姿を、我々の「内に神霊があり、外に気化がある(內有神靈 外有氣化)」と表現する。백민정, 「上帝와 心 개념으로 비교한 정약용과 최제우의 사유」, 『民族文化』 61, 2022, p.149. 「論学文」を見ると、崔済愚が一般的な東道西器論(東道西器論)より一歩進んで、西洋の学問と道徳を高く評価したことが分かる。
백민정, 「上帝와 心 개념으로 비교한 정약용과 최제우의 사유」, 『民族文化』 61, 2022, p.149.
「西洋人は道成立徳(道成立德)し、その造化に及んでは成し遂げられないものがない。武器によって攻撃すれば、戦いにおいて前に敵対する者がいないので、中国が滅べば(我々に)唇亡歯寒の憂患がどうしてないことがあろうか。他に由縁があるのではない。彼らはその道を西道(西道)と呼び、学は天主(天主學)と称し、教は聖教(聖敎)と言うが、これは天時(天時)を知り天命(天命)を受けたのではないか」『동경대전』「논학문」.
『동경대전』「논학문」.
これに対し、水雲は西教の修行は批判する。「西教には気化の神霊がなく、学問には天主の教えがない」という一節において、後者の「学無天主之教(學無天主之敎)」を「学無天主降話之教(學無天主降話之敎)」、すなわち内的に降話(降話)の教えを受けられなかったことを意味するという。손병욱, 「동학과 불교 염불선의 수증체계 비교」, 『동학학보』23, 2011, p.107. 水雲が、西洋人は天主を奉ることも知らず、結局は自分自身のためにのみ祈るだけであると批判したのは、彼らが我と汝を媒介し共属させる気化の神霊を知らないと見たからである。
손병욱, 「동학과 불교 염불선의 수증체계 비교」, 『동학학보』23, 2011, p.107.
大巡思想は東学思想に比べ、男性的な気よりも女性的な心を強調するということを差異として明らかにしたことがある。
崔水雲の歌辞に「道気長存 邪不入(道氣長存邪不入)」とあるが、上帝は「真心堅守 福先来(眞心堅守福先來)」と仰せられた。『전경』「교법」 2-3.
『전경』「교법」 2-3.
東学思想において強調される男性的な「至気」とは異なり、大巡思想においては女性的な心が強調されるのは、理致に従った解冤が強調されるからである。理致による解冤である「理解」は、「和解」とともに大巡思想において持続的に強調される。大巡真理会の壁画は、解冤相生を表す五仙囲碁が理解として表現されている。今日、東学思想が再照明されるのは、東学思想が韓国の自生的近代性と関係する自生性という側面もあるが、東学思想が物質的近代文明に対する批判と代案的未来展望を持つ思想であるという点である。東学思想は、物質的近代文明を天主教である西学の遺産とみなし、西学は表向きは平等を主張するが、修行過程においては各自為心によって天を裏切る点があると批判する。김용옥, 『동경대전 2』 통나무, 2021, p.135.
大巡真理会の壁画は、解冤相生を表す五仙囲碁が理解として表現されている。
김용옥, 『동경대전 2』 통나무, 2021, p.135.
東学思想の今日の現況は、東学思想自体としては不十分であるが、東学以降に発生した東学関連思想の拡大によって、今日も大きな影響を及ぼしている。東学関連思想は、大部分が代案として開闢を提案した。とりわけ東学が短期的かつ外部的かつ社会的な開闢を志向した。これに対し、大巡思想は長期的かつ宗教的な、神明による開闢を志向した。
植民地に転落し、五千年間維持してきた民族全体のアイデンティティが絶滅する暗澹たる時点の、当時の東アジアにおいて、類例の稀なことに韓国の新宗教はバラ色の未来展望を提示し、当時の民衆に大きな反響を得た。実際、その展望は解釈によっては現在まで的中し、今日においても当時の新宗教は宗教的影響が持続している。
当時、王侯将相の未来展望が失敗して挫折していた東学参加者に対し、甑山は東学失敗の原因と対策として、解冤と開闢の真東学を提示する。
上帝はある日、京石を連れて籠岩(籠岩)を発ち、井邑へ向かう途中、院坪の酒幕に立ち寄り、通りすがりの行人を呼んで酒を買って勧め、「この道が南朝鮮の船路である。荷を多く積んでこそ発つであろう」と仰せられ、再び道を急がれて三十里となるところに至り、「大陣(大陣)は一行三十里である」とお告げになり、古阜松月里(松月里)の崔(崔)氏の斎室に居住する朴公又(朴公又)の家に宿られた。公又と京石に仰せられた。「いま会うべき人に会ったので、通精神(通精神)が出てくる。私の事は、たとえ父母兄弟であっても知らぬ事である」と。また「私は西洋(西洋)大法国(大法國)天啓塔(天啓塔)に降りて来て天下を大巡し、三界の大権をもって三界を開闢し、仙境を開いて死滅に陥った世界の蒼生らを救おうとして、お前たち東方を巡回している最中、この地にとどまったのは、すなわち惨禍の中に埋もれた無名の弱小民族をまず助けて、万古に積もった冤を解いてやろうとしてである。私に従う者は永遠の福禄を得て不老不死し、永遠の仙境の楽を享受するであろう。これこそが真東学である。弓乙歌(弓乙歌)に『朝鮮江山(朝鮮江山)名山(名山)である。道通君子(道通君子)が再び生まれる』とあるので、これもまた私の事を指すものである。東学信者の間で大先生(大先生)が甦るであろうと伝えられているが、これは代先生(代先生)が再び生まれるという意味であり、私こそが代先生(代先生)である」と仰せられた。
右の例文において、甑山は、無名の弱小民族である韓国を助け、全世界に積もった万古の冤を解いて地上天国を提示することが元々の東学の趣旨であり、東学は元々の趣旨を活かせずに失敗しただけであって、今後、東学の趣旨は真東学を通じて実現されるであろうと語っている。実際、甑山以降、韓国はかえって日本の支配に渡ったが、日本の支配以降、韓国は実際に甑山の展望どおり、当時の世界最下位の国から、植民地を経験した国の中で漢江の奇跡と呼ばれる政治・経済・文化的先進国となった。大巡思想は、東学思想の「気化(氣化)」によってもたらされた不安な未来に対して「地徳(地德)」を強調することにより、安心安身の生活を可能にした。
労而無功(勞而無功)と天地成功(天地成功)
東学思想と大巡思想の地観において、その差異を鮮明に表す用語が労而無功(勞而無功)と天地成功(天地成功)である。「努力したが成功しなかった」という「労而無功」は、天外天が神明としてのみ出現した東学思想において自身の業績を説明した用語であり、天地成功は九天の人身降世以降、天地に対して九天が表現した用語である。
伝統的な陰陽五行において天地成功と対比される用語は天地化育である。『전경』「교운」 1-66. 天円地方、天道地徳のような理想的な三才概念において、天地は、家門の成功のために子を育てる父母のように人間を化育し、天地を成功させようとする。労而無功は、成功の事例がなかったという意味となる。東洋思想において「天円地方」のような天地に対する多くの用語があるにもかかわらず、天地成功に対する概念の端緒が出てくるところは東学思想が唯一である。東学思想において天地成功は、天主の「労而無功(勞而無功)」という表現として現れる。東学思想の労而無功は、大巡思想の天地成功を理解する関門となる。天地成功とは、すなわち地と天が陰陽合徳される地上天国であり、天主の成功となる。
『전경』「교운」 1-66.
労而無功は、東学思想において天地を天主、すなわち鬼神として悟る場面に現れるため、労而無功を理解するためには、既存の東洋の鬼神概念を理解する必要がある。東学思想において鬼神は天外天を意味するが、天外天を鬼神という用語で表現したことを理解するには、伝統的な鬼神概念の理解が必要である。
朱子は「鬼神に関わる事はもともと第二義的なものである。形体もなく影もない鬼神は理解しがたいので、強いて理解しようとする必要はなく、まず日常の緊要なところに進んで工夫すべきである」という。『朱子語類』 卷3, 中華書局, 33쪽.“鬼神事自是第二著. 那箇無形影底, 是難理會底. 末消去理會, 且就日用緊切處做工夫”。鬼神論は、身をもって「事(事)」を習う小学段階の言説ではなく、心をもって「理(理)」を窮める大学段階の言説である。宋明理学を朱子学と陽明学に大別し、両者を対立的に見ることもあるが、実は両者は工夫論的には異なっても本体論的には異ならない。本体論で言えば「理(理)の体(體)」が無(無)であり虚(虛)となる。최진덕, 「朱子學의 理氣論과 鬼神論」, 『양명학』 23, 한국양명학회, 2009. pp.381-382.
『朱子語類』 卷3, 中華書局, 33쪽.“鬼神事自是第二著. 那箇無形影底, 是難理會底. 末消去理會, 且就日用緊切處做工夫”。
최진덕, 「朱子學의 理氣論과 鬼神論」, 『양명학』 23, 한국양명학회, 2009. pp.381-382.
結局、大巡思想の地界観は、陰陽五行において陰陽五行の中心を意味する「土」の重要性として現れる。『전경』「행록」 2-16. 労而無功と天地成功は、土としての九天の役割を表現する異なる理論である。人身降世以前を労而無功として、人身降世以降を天地成功として表現したのである。
『전경』「행록」 2-16.
これによって、東学の地観は、地の生命思想を強調する形態として理解されることもある。東学が生命思想として再照明されることで、地に対する東学の強調も再照明される。今日の韓国の有機農法もまた、東学思想の地中心思想に由来するという。しかし、まさに東学思想において、地に対する天ほどの重要性は強調されていない。ここで東学は、大巡思想の『전경』に従って初期東学までのみを言及するため、初期東学のみをみなすこととする。『전경』に東学として主に言及されるものは東学歌辞と水雲歌辞である。
天地成功は、天地が役割を分担して事を成すという概念であり、東学思想とは異なり神明を強調する大巡思想に現れる用語である。東アジアの伝統的な地観においても、地は「天地」という用語のように、表面的には天と同格として現れる。代表的に天円地方は、天が丸いという地動説によって明らかにされた天動説の誤った主張を指すのではなく、「天道之謂円 地道之謂方(天道之謂圓 地道之謂方)」の略語であり、時間を表す「宙(宙)」の一次元的性格、空間を表す「宇(宇)」の二次元的性格を指すといえる。周易の天は「乾」というが、この「乾(乾)」は「乙(乙)」の作用をする時間の乾いた属性を表す。
大巡思想は、抑陰尊陽(抑陰尊陽)を正陰正陽(正陰正陽)に変える天地公事を通じて、伝統的な地観を実体化する。これによって、地もまた天文と同じく再整列される。大巡思想は三神山『전경』「행록」 1-2.から出発し、父母山である回文山と母岳山が整備され、山王と海王の穴の座が整列される。『전경』「공사」 3-6. 天地陰陽合徳の結果である地上天国は、三界が相関的に作用する大巡思想の地界観を代表する用語である。
『전경』「행록」 1-2.
『전경』「공사」 3-6.
不然其然の東学的な地人関係が胞胎された後に養生されるのは、三神山と父母山を再び比定した大巡思想の地界公事の再活性化に起因するところが大きい。大巡思想において三界錯乱は、地人関係において地気不通(地氣不通)に従った世界戦争と、物質文明の人類傲慢として現れる。大巡思想において世界紛争の原因として指目された地気(地氣)の不調和は、地気統一公事によって統一される。マテオ・リッチの東西の神明交流の開通以降、地下文明神の天上交流と人世に対する施恵によって、近代文明は開拓された。しかし、近代文明は人類の傲慢と物質文明の偏りによって、天下尽滅の危機へと帰結した。『전경』「교운」 1-9. これによって、地界公事による物質文明に対する道術文明によって、地上神仙の地人関係を、大巡思想は構築しようとする。
『전경』「교운」 1-9.
崔水雲は、日本を壬辰倭乱の際に我が国を侵略した仇であり、したがって滅ぼすべき復讐の対象として把握していた。崔水雲は、自身の七代祖の震立(震立)が壬辰倭乱・丙子胡乱の際に多くの功を立てて戦死し、死後に兵曹判書の官職と貞武公の諡号を受けたことに対して自負心を持っており、「安心歌」においては「犬のような倭敵(倭敵)め」、「それもまた仇である」という表現を通じて、日本を敵対的関係として設定していた。(박광수, 『한국신종교의 사상과 종교문화』 서울: 집문당, 2012, pp.199-201)。これに対し、甑山はむしろ、日本が壬辰倭乱の際にソウルに入ることができず、無辜の人命が多く殺害され、かえって朝鮮に田植えの法を教えたことによって怨恨を結んだので、これを解いてやるために、『전경』「예시」 74. 朝鮮を日本に任せる公事を行った。また甑山は、日本に対敵せず順従するよう述べながら、『전경』「예시」 57. これから日本は敗亡して賃金も受け取れずに帰ることになるであろうと『전경』「공사」 2-4. 予言した。既存の多くの研究において、甑山が西洋勢力から朝鮮民族を保護するために日本にしばらく朝鮮を任せる公事を行ったことは、甑山が一時的に日帝の東アジア盟主論を活用したことを示していると見ることもある。강돈구, 『한국 근대종교와 민족주의』, 서울: 집문당, 1992.; 박재현, 「한국 근대시기 대순사상의 특질 - 초민족주의와 근대 및 탈근대 가치를 중심으로」, 『대순사상논총』 24, 2014.
崔水雲は、自身の七代祖の震立(震立)が壬辰倭乱・丙子胡乱の際に多くの功を立てて戦死し、死後に兵曹判書の官職と貞武公の諡号を受けたことに対して自負心を持っており、「安心歌」においては「犬のような倭敵(倭敵)め」、「それもまた仇である」という表現を通じて、日本を敵対的関係として設定していた。(박광수, 『한국신종교의 사상과 종교문화』 서울: 집문당, 2012, pp.199-201)。
『전경』「예시」 74.
『전경』「예시」 57.
『전경』「공사」 2-4.
강돈구, 『한국 근대종교와 민족주의』, 서울: 집문당, 1992.; 박재현, 「한국 근대시기 대순사상의 특질 - 초민족주의와 근대 및 탈근대 가치를 중심으로」, 『대순사상논총』 24, 2014.
人間観の自生的近代性の比較
人乃天(人乃天)と神人調化(神人調化)
人がすなわち天であるという「人乃天(人乃天)」は、初期東学において水雲が行った表現ではないが、内有神霊・外有気化という東学思想の天人・地人関係のうち超越的側面を排し、内在的側面を極大化して西欧的近代性に符合するようにした概念として評価されている。황종원, 「20세기 초엽 천도교의 인내천 교의 및 심성론에 대한 비판적 연구」, 『대동철학』 44, 2008, pp.92-93. 天道教以降、水雲の思想を解釈した天道教において「人乃天」は東学思想の近代性を代表する文句として使用されている。「人乃天(人乃天)」が東学思想の近代性を代表する用語として指称されたのは、「人乃天(人乃天)」が内包している平等思想のためであった。白丁や女性、子供までもが天になり得るという「人乃天」は、「天子」のみが天になり得る前近代社会において、神明世界を除いた人間世界において平等を主張し得る思想としては、極めて先駆的な思想であった。
황종원, 「20세기 초엽 천도교의 인내천 교의 및 심성론에 대한 비판적 연구」, 『대동철학』 44, 2008, pp.92-93.
「人乃天」思想が多くの反響を受けたにもかかわらず、東学思想が失敗に終わった理由を、大巡思想においては「解冤」と見た。大巡思想において平等思想は、革命のように瞬間に来るものではなく、解冤とそれに従った相生によって来る漸進的なものであった。
また、大巡思想は「人間が天である」とは表現しない。大巡思想において天は、既存の天地に分かれた天のみならず、森羅万象を主宰する九天としての天をも意味する。天の恩恵を強調する大巡思想において、人間は天と同等の存在となることはできない。しかし、人身降世がなされた大巡思想において、人間の地位は、東学思想とは異なる方法で地位が格上げされる。初期東学である水雲の思想もまた「吾心即汝心」であって「人乃天」ではなかった。大巡思想はむしろ、天地の恩恵を忘却した人間と近代性を問題の原因として指摘し、天地を尊重することを主張する。
事之當旺在於天地 必不在人
然無人無天地 故天地生人 用人
以人生 不參於天地用人之時 何可曰人生乎 『전경』「교법」 3-47. 事之當旺在於天地, 必不在人。然無人無天地, 故天地生人用人。以人生 不參於天地, 用人之時何可曰人生乎。いかなる事が成就するのは、その根本原因が天地にあるのであって、必ずしも人にあるのではない。しかし、人がなければ天地は無用であるので、天地(天地)が人を生んでその人を用いるのである。かくあれば、天地が人を用いようとする時、人が天地の意に従わなければ、どうしてこれを人生といえようか。(교무부, 「천지생인용인」, 『대순회보』 13, 1989)
『전경』「교법」 3-47. 事之當旺在於天地, 必不在人。然無人無天地, 故天地生人用人。以人生 不參於天地, 用人之時何可曰人生乎。いかなる事が成就するのは、その根本原因が天地にあるのであって、必ずしも人にあるのではない。しかし、人がなければ天地は無用であるので、天地(天地)が人を生んでその人を用いるのである。かくあれば、天地が人を用いようとする時、人が天地の意に従わなければ、どうしてこれを人生といえようか。(교무부, 「천지생인용인」, 『대순회보』 13, 1989)
右の例文において、事の始まりと終わりは天地にあるのであって、人間にあるのではないことを明確にしている。結局、大巡思想は、人乃天が志向する平等世界を成すためには、天地に対する報恩と、そのための人間の解冤がまず先になされねばならず、変革ではなく解冤こそが真の近代性であることを示している。이경원, 「대순진리의 근대성과 변혁사상」, 『동학 학보』 9(2): 43. 2005.
이경원, 「대순진리의 근대성과 변혁사상」, 『동학 학보』 9(2): 43. 2005.
したがって、変革のための人乃天に対して、大巡思想が提示するものは、神と人間の調和、すなわち神人調化である。ここにおいて調化(調化)は、調和(調和)の調(調)と造化(造化)の化(化)を合わせてつくられた合成語であり、既存の辞典にはない、大巡思想にのみ現れる単語である。調化(調化)は、調和(調和)の造化(造化)の長所のみを集めた結合といえる。이경원, 『대순종학원론』, 서울: 문사철, 2013.
이경원, 『대순종학원론』, 서울: 문사철, 2013.
東学思想には現れない大巡思想の神明と人間との関係は、東学思想と大巡思想の人間観の自生的近代性の差異において、差異の核心となる部分である。東学思想は近代性問題の原因を各自為心という人間の問題として見たが、大巡思想において近代性問題の原因は、天地神明の恩恵を知らない人間の愚かさである。大巡思想の観点は九天の観点を反映する。大巡思想において、人乃天のように人間を天と同じ存在と考えることは、人類の傲慢であり愚かさである。人間が天地の恩恵を知らず、あるいは天地に反する事を行えば、いかなる事も成功し得ない。『전경』「교운」 1-66. これによって、大巡思想は、天地の恩恵を知らせてくれた堯帝を、極めて模範的な人間の手本とみなす。
『전경』「교운」 1-66.
上帝は丁未年の十二月二十三日に、申京水を彼の家に訪ねられた。上帝は堯(堯)の暦像日月星辰敬授人時(曆像日月星辰敬授人時)について仰せられた。「天地は日月でなければ空の殻であり、日月は知人(知人)でなければ虚影(虛影)であり、唐堯(唐堯)が日月の法を解き明かして民に教えたので、天の恩恵と地の理致が初めて人類に与えられたのである」と。このとき上帝は日月無私治万物 江山有道受百行(日月無私治萬物 江山有道受百行)を教え、五呪(五呪)をつくって天地の津液(津液)と名づけられたが、その五呪は以下のとおりである。
新天地家家長歲 日月日月萬事知
侍天主造化定永世不忘萬事知
福祿誠敬信 壽命誠敬信 至氣今至願爲大降
明德觀音八陰八陽 至氣今至願爲大降
三界解魔大帝神位願趁天尊關聖帝君 『전경』「교운」 1-30.
『전경』「교운」 1-30.