Ⅳ · 3. 解冤相生と経済理念の調和

解冤相生に基づく中和的(中和的)功利主義労働観を経済理念と関連して考察すると、中和的(中和的)功利主義労働観は、今日、儒教資本主義を発展させた功利主義が意図せずもたらした経済理念の不和を、循環の力によって調和させる。

最初、公益の実現という経済理念の問題を解決しようとして成立した儒教は、儒教自体の典憲に押されて循環論に偏っていたところ、西洋に伝播して西教の積極的博愛精神と結合し、資本主義・共産主義のような功利主義へと発展し、人類の経済理念を大きく振作する。しかし、社会契約主義が振作させた人類の経済理念は、西教が持つ循環性の不足によってかえって大きく後退し、理念的宣伝は華麗だが現実的発展は貧弱なイデオロギーへと転落する。弱者への配慮なき功利主義がもたらす冷戦によって、人類は公益の拡大という経済理念を喪失し、資本主義では貧富差の極大化、共産主義では成長停滞に埋没する。資本主義を生きる現代人は、理想を畳み、人間的自尊心に傷を負い、夢の挫折した一日一日を耐え抜き、何の積極的公益も実現できずにいる。

人類の経済理念の危機に対して、大巡の中和的功利主義は、ただ政治で他人より得票を多く得る公益のみを公益と規定した西洋の功利主義とは異なり、経済の循環性に立脚して、市場の効率性提高という公益の原初的な力の復活を、現代の経済理念危機の代案として提示する。ここまで論じてきた大巡の中和的功利主義を考察すると、中和的功利主義は、第一に、儒教資本主義の循環的経済理念調和思想をまず強調し、第二に、功利主義の経済理念調和の問題点を循環性の危機として診断し、第三に、功利主義的分配観の経済理念危機の代案として解冤相生を提示し、第四に、功利主義が解冤相生思想によって変化した中和的功利主義がいかなる形態かを示す。

まず、大巡の中和的功利主義が儒教資本主義の循環性重視の労働観を復活させて経済理念を振作させることを考察すると、大巡思想において労働—生産は循環の結果であるため、循環を妨げない限り、生産に対する欲望は中和性(中和性)によって極めて強調される。[588]

上帝が己酉(己酉)年に入って埋火(埋火)公事を行われ、四十九日間、東南風を吹かせられるとき、四十八日となった日、ある人が訪ねてきて病を治してくれるよう哀願したので、上帝が公事に専念しておられる最中であったため応じられなかったところ、その人は帰って怨んだ。これより東南風が止まったので、上帝が悟られ、すぐに人を遣わして病者を慰安させられた。このとき上帝が「一人が怨恨を抱いても天地の気運が塞がる」と仰せられた。(『典経』公事三章二十九節)

上文は、天地公事のために甘受した少数の犠牲も天地の気運を塞ぐほどであり、「大(大)のために小(小)を犠牲にする」功利主義の場合、問題を多く引き起こす。功利主義は最大多数の最大幸福を追求するため、「大(大)のために小(小)を犠牲にする」場合が多い。しかし上文は、多数の利益のために少数が犠牲になるからといって、決して少数の力が多数の力より弱くないことを示す。東洋の古典的な「士農工商」[589]という観念のために、大巡の労働観をしばしば回避的な労働観と誤解するが、大巡思想の分配観は、循環を前提とする限り、功利主義労働観よりもさらに肯定的である。

次に、大巡の中和的功利主義が功利主義の経済理念調和の問題点を循環性の危機として診断することを考察すると、大巡思想において効率は経済循環のための核心的鍵であるため、市場制度内的効率性を否定し、政治的に別の代案を掲げる功利主義的政治を極めて批判する。

元一が自分の家に上帝を迎え、聖人の道と雄覇の術を仰せ聞いた。それは次のようであった。

「済生医世(済生医世)は聖人の道であり、災民革世(災民革世)は雄覇の術である。すでに天下が雄覇の遺した苦しみを受けて久しい。ゆえに、いまや私が相生(相生)の道によって化民正世しよう。お前はいまから心を正しく持て。大人を学ぶ者は、常に好生の徳を積まねばならぬ。どうして億兆の蒼生を殺して生きることを望むのが合当であろうか。」(『典経』教運一章十六節)

上文は、功利主義は公益を強調して儒教的典憲に陥り、公益の基盤である個人を無視して過度に共同体的利益のみを強調し、かえって公益の基盤である個人を無視して基本的な公益まで崩し、経済理念を極めて疲弊させたことを示す。とりわけ、公益の本質である社会制度改革を機能とする雄覇の術を、個人的目的のみで運用することによって、社会的な経済循環すら決定的に崩したことを指摘している。

次に、大巡の中和的功利主義が功利主義的分配観の経済倫理危機に対して提示する代案を考察すると、中和的功利主義は、少数の配慮と多数の利益に対する選択のうち、多数の選択を優先する功利主義とは逆に、少数者に対する配慮倫理を優先して提示する解冤相生を示す。解冤相生とは、二つ以上の異なる力が互いに循環的利得を取る構造を含む。多数者による少数者の被害を冤(冤)とするなら、多数者の少数者に対する配慮を解冤(解冤)とし、解冤がなされた後の相生を解冤相生といえる。中和的功利主義は、冤(冤)(多数者による少数者の被害)より解冤(解冤)(多数者の少数者に対する配慮)を前に置いた。

全琫準(全琫準)が虐政(虐政)に憤慨して東学徒たちを集め、義兵を起こした後、いっそう世態は凶動し、彼らの怒りが天を衝き、その気勢は日ごとに激しくなっていった。このとき上帝は、その東学軍の前途が不利であることを知られ、夏のある日「月黒く雁の飛ぶこと高し、単于夜に遁逃す。将に軽騎を将いて逐わんと欲すれば、大雪弓刀に満つ(月黑雁飛高 單于夜遁逃 欲將輕騎逐 大雪滿弓刀)」の文を多くの人に唱えて、東学軍が雪の降る時期に至って失敗することを明らかにされ、多くの人に東学に入らないよう勧誘された。果たしてこの年の冬、東学軍が官軍に敗滅され、上帝の言葉に従った人は禍を免れた。(『典経』行録一章二十三節)

あらゆる事は、目に見えない根本の領域を厚く先にし、目に見える領域を後に薄くせねばならないのに、根本である「市場内での効率」に対する検討は薄くし、末(末)である制度外的名分のみを厚く先にする東学のような体制は失敗することを警告している。『典経』の病勢文では、天下の勢に暗い人は死ぬ気運に陥ることを警告している。[590]しかし現代人は、末端(末端)である名分を実利より優先して、自分でも知らぬうちに危機を助長している。

次に、大巡の中和的功利主義は、西洋の功利主義が解冤相生思想によって変化した中和的功利主義がいかなる形態かを示す。

上帝が丁未年の臘月二十三日に、辛京守をその家に訪ねられた。上帝が尭(尭)の「暦象日月星辰、敬授人時(暦像日月星辰敬授人時)」について仰せられた。「天地は日月でなければ空の殻であり、日月は知人(知人)でなければ虚影(虚影)であり、唐尭(唐尭)が日月の法を悟り出して百姓に教えたがゆえに、天の恩と地の理が初めて人類に与えられたのである」と仰せられた。このとき上帝が「日月無私治万物、江山有道受百行(日月無私治万物 江山有道受百行)」を教え、五呪(五呪)を作って天地の津液(津液)と名づけられた。その五呪は次のようである。

新天地家家長歳 日月日月万事知

侍天主造化定永世不忘万事知

福禄誠敬信 寿命誠敬信 至気今至願為大降

明徳観音八陰八陽 至気今至願為大降

三界解魔大帝神位願趁天尊関聖帝君(『典経』教運一章三十節)

上文は、大巡の循環的経済観において、人間が真ん中の位で中和(中和)する「中察人事」する存在となるため、与えられた枠を変えていきうる存在となることを示す。中和的功利主義の解冤が功利主義的革新に優先して、あらゆる革新が解冤となるとき、革新に到達するための誠敬信はすべて寿命と福禄、すなわち価値の根源となることを示す。

大巡の中和的労働観は、個人の力を借りずに共同体の力で「社会保障がしてくれること」と同一の効果を創出しうることを示す。儒教と功利主義労働観において、共同体の利益は個人の利益を侵害しうるとする。儒教は、仏教の空と道教の気を「荒唐な虚無寂滅」と批判し、[591]個人を超越するのが大同(大同)であると表現した。[592]公益は共同体の存在に対する証明であり、あらゆる個人が関与する問題であった。儒教と資本主義・共産主義は、いずれも最大限の国家介入を要請し、少数の利益を侵害しない社会福祉を希望する。功利主義を維持しつつ少数の福祉を増進させるというジレンマは、資本主義の核心問題である。

中和的労働観では、多数の利益も少数の利益もすべて一つとみなされる。社会的保障を提供する社会的多数も損にはならない。大巡思想では、私がよくなるには、私がまず与えればよい。宇宙は循環するため、共同体が配慮した財富(財富)は、極端を脱した中庸によって[593]どんな形であれ再び共同体に返ってくるからである。中和的生産を増やすには、少数者の権益もまず配慮するという順序一つだけを変えればよいだけであるという。中和的分配を積むための順序を知るとき、解冤相生となるといえる。

功利主義的経済理念調和が失敗した理由は、功利主義的経済理念調和が追求する公益が、自由至上主義の自由、社会契約主義の社会正義、共同体主義の共同体の卓越性と互いに衝突して、公益への懐疑感が生じたためである。中和的功利主義において、「自らの誠実・敬虔・信念を人は知らずとも天は知るであろうと信じて他人をよくする」人間像は、自由至上主義と社会契約主義・共同体主義をすべて包んで経済理念を調和した人間像を示す。

ここまで、経済理念問題を解決するための大巡の中和的功利主義についてを要約すると次のとおりである。

〈表4.3〉大巡思想の中和的労働観

詳細内訳『典経』関連の一節
功利主義的労働観の承認個人より共同体を優先/共同体正義の分だけ共同体利益を優先/革新および効率の尊重一人が怨恨を抱いても天地の気運が塞がる(公事三章二十九節)
功利主義的労働観の問題点質的差別の無視・画一化/倫理より利益を優先/少数者の無視雄覇の遺した苦しみを受けて久しい(教運一章十六節)
功利主義的労働観の問題点の解決方案中和的循環/革新より解冤相生を優先/忠孝烈を誠敬信で評価東学に入らないよう勧誘(行録一章二十三節)
功利主義と大巡の労働観の比較人間は枠自体を革新する存在/能力ではなく必要による労働/解冤のための忠孝烈福禄誠敬信 寿命誠敬信(教運一章三十節)

注释

  1. [588]李正立は、大巡思想の肯定的な労働観について「緑路整正(緑路整正)」と表現する。(이정립, 같은 책, 161쪽)
  2. [589](上略)士之商職也 農之工業也 士之商農之工職業也 其外他商工留所(下略、士は商業の職であり、農業は工業である。士が商業をし農民が工業をすることを職業という。『典経』教運一章四十四節)開化期当時、開化派指導者であった朴珪寿は「士農工商といって人を区別するが、士(士)が農業に臨んで勤勉に土地の財貨を育てて富者になることが重要であり、こうなれば当然農民ではないか。そして士(士)が様々な材料で整えて作り、百姓の必要に応じて器物を開発すれば工匠(工匠)ではないか。士(士)が物の有無を見極めて交易し、四方の珍奇な物を疎通させてよく食べてよく暮らしていけば、これは商人ではないか。身はすなわち器は士(士)だが、職業はする仕事に従って農民と工匠と商人に分かれるのである。」(박규수, 『환재집』,「잡문」, 박기현, 『조선참모실록』, 역사의 아침, 2010, 262쪽)上の一節に照らしてみれば、士之商(士之商)は、士が謙遜に商人のように真理を伝え、農民が積極的に工匠のように技巧を使って工業に従事してこそ初めて職業となるという意味で、循環を強調した一節といえる。士農工商もまた四象分類であるため、最初から士は決断力ある金、農は生産力溢れる木、商は発揚して世界に流通させる火、工はあらゆる情報を集約して自動化する技術である工を念頭に置いたといえるともいう。実際、宗教のように、工業は治水と関係に優れた共工族(工共族)が居住した中国南方で水剋火の理によって道教から発生し、商業は火剋金の理によって西教(火)の気運が強い西洋で隆盛した。インドには宗教(士)が多く、農業は木剋土の原理によって中国で発展したといえる。循環的経済観である大巡思想では、士も自分の見識を公正に広報できなければ、たとえ水一杯であっても、たとえ父母兄弟の間であっても依りえない。(我らの功夫は、水一杯であっても理由なく他人の力を借りえない功夫であるから、たとえ父子や兄弟の間であってもむやみに依るな。『典経』教法一章七節)
  3. [590](略)知天下之勢者 有天下之生氣 暗天下之勢者 有天下之死氣(略)。(『典経』行録五章三十八節)
  4. [591]宋代(960-1279)に至って、新儒教は仏教を受容して学んだ後に仏教を捨てた。(윤영해, 「주자의 불교비판연구」, 서강대학교 박사논문, 1997, 40쪽)虚無寂滅は、道家の超越境地である虚無と仏家の涅槃の境地を寂滅というが、儒教は仏教の空と道教の気を、個人主義批判の観点から虚無寂滅と批判する。
  5. [592]大同は『礼記』「礼運」の大同論によく現れている。大同は大道が実現された時代で、天下が一個人のものではなく公共のもの(天下為公)であった。(이상익, 「유교와 자유민주주의」, 『정치사상연구』Vol.3 No.-, 한국정치사상학회, 2000, 24~25쪽)
  6. [593]儒学の遅生まれである中庸は、蚩尤から始まった神の秩序の崩壊から、戦国時代が招いた極端の時代を均衡の時代へ転換しようとする意図で著述された。(신정근, 『중용 극단의 시대를 넘어 균형의 시대로』, 사계절, 2010)エリック・ホブズボームは現代もまた「極端の時代」(에릭 홉스봄, 『극단의 시대』, 이용우 역, 까치, 1997)と診断するため、中庸、すなわち均衡と解冤相生は、我々の時代に最も必要な思想となる。英国のギデンズは、共同体と個体・構造と行為を調和する「第三の道」を、危険社会である現代社会の代案として主張する。ギデンズは、ウェーバーの「鉄の檻」を「社会の分節化」という肯定的機能として解釈したジンメルを活用して、現代社会を悲観的に解釈したフーコーとウェーバーの悲観主義を警戒する。(김윤태, 「통합적 사회학의 가능성과 한계-앤서니 기든스의 사회이론」, 『사회와 이론』Vol. No.11, 한국이론사회학회, 2007, 69~75쪽)