右の例文は、人身降世が朝鮮において実現された理由に「無名の弱小民族をまず助け、万古に積もった冤を解いてやろうとするものである」という表現のように、解冤の趣旨が含まれていることを示している。地の解冤は、天地公事のうち解冤公事の主要な趣旨の一つであった。
いまや解冤時代を迎えたのであるから、人もまた名もなかった者が勢いを得て、地もまた捨てられていた地に気運が戻ってくるであろう。 『전경』「교법」 1-67.
『전경』「교법」 1-67.
しかし、当時朝鮮のほかにも無名の弱小民族は多く存在していたため、『전경』はさらに付加的な説明を行っている。
朝鮮のように神明をよく待遇する所はこの世にない。神明たちはその恩恵を返そうとして、それぞれの願いに従い不足なく奉じてくれるであろうから、道人たちは天下事にのみ何の憚りもなく従事することができるであろう。 『전경』「교법」 3-22.
『전경』「교법」 3-22.
右の例文は、人身降世が朝鮮において実現された理由が、朝鮮が無名の弱小民族であるのみならず、無名の弱小民族のなかでも神明を最もよく待遇した国家でもあったことを示している。また、人身降世が実現される場所が、朝鮮のなかでも三神山のある井邑であったということは、人身降世が実現された背景に、三神山のような地の聖地という意味も内包されていることを示している。
この地は古くより蓬萊山・瀛洲山(一名 神仙峰)・方丈山の三山が三神山と呼ばれてきた所である。 『전경』「행록」 1-2.
『전경』「행록」 1-2.
右の例文では、天界が北極星を中心として北斗七星とその周辺の二十八宿を通じて三十三天に区分されることもあれば三十六天に区分されることもあるように、地もまた天の北極星のごとき三神山を背景として人身降世が実現されることを示している。地の中心山は崑崙山であるが、天と地の陰陽合徳という側面から見るとき、意味のうえでは三神山が地の中心となりうる。九天の人身降世を背景として聖と俗とが再編されることが現れる。ひとたび人身降世が実現された後には、それは天地公事として現れる。
上帝はつねに舟の音をお発しになるので、従徒たちがその理由をお尋ねすると、お答えになって仰せになるには、
「わが国を上等国とするためには西洋の神明を招き寄せねばならぬゆえに、いまや舟に積んでくる貨物表に従って渡ってくるようになるため、そうするのである」
と仰せになった。 『전경』「예시」 29.
『전경』「예시」 29.
右の例文において、貨物表に従って神明が朝鮮に渡ってくることは天地公事によるものであるが、また天地公事の原理に従うものでもある。天地公事の原理には原始返本の原理が含まれるので、天地公事において地界観が成立する原理もまた原始返本が基準となる。
戊申年四月のある日、また従徒たちに仰せになるには、「この世に姓としては風(風)姓がまず存在したが、伝わってくることはできず、ただ風采(風采)・風身(風身)・風骨(風骨)などのように、身体の様相の称号としてのみ残ってきただけである。その次は姜(姜)姓が出たのであり、すなわち姓の原始となるのである。それゆえ、開闢時代に当たり原始返本となるので、姜(姜)姓が事を担うことになったのである」と仰せになった。 『전경』「행록」 4-17.
『전경』「행록」 4-17.
右の例文を地界観に適用すれば、朝鮮において人身降世が実現される原理は、地の中心である三神山があるためである。さらに、朝鮮が天地公事の背景となったのは、無名の弱小民族であるという冤とともに、より大きな歴史的背景までを含む。まず近くに見れば、大巡思想の地界観の成立が始まった金山寺はマテオ・リッチ(Matteo Ricci)に、さらに少し遠くには古代史に連なりうる。
物質に偏らない代案的近代性は、無名の弱小民族が成功する解冤を通じて提示されうる。甑山が提示した相生の原理に従えば、日本に結んだ恨をまず解く日本解冤の方式が適用される。日本が解冤されれば中国の報恩を受けることができ、中国の報恩を受ければ五仙囲碁を通じて全世界を解冤し、全世界の助けによって上等国となるというのが、真東学の地界観に現れる解冤の方策である。 김익두 외, 『정읍사상사: 샘골사상의 21세기적 비전』, 서울: 민속원, 2017; 김지하, 『김지하전집1』, 서울: 실천문학사, 2002. 実際に天地公事が始まった時期にGNPが世界最下位の水準であった韓国が、その後、植民地経験をもつ国のなかで唯一、政治的民主化・経済的産業化・文化的先進化のような近代性を達成した。大巡思想は、東学思想が失敗した原因を「解冤」思想の不在として把握し、「東学」思想を真東学として復活させた。
김익두 외, 『정읍사상사: 샘골사상의 21세기적 비전』, 서울: 민속원, 2017; 김지하, 『김지하전집1』, 서울: 실천문학사, 2002.
南接のみでも全州において連戦連勝していた東学軍が、北接まで加勢して牛禁峙へ進撃したとき、日本軍に世界初の機関銃であるガトリング砲(Gatling Gun)によって致命打を被ることは、夢にも思わなかった反撃であった。東学軍の蜂起は韓国史上数千年ぶりに初めて起こった全国的規模の蜂起であったが、結果は類例のない大失敗であった。義兵が数多くの成功を収めてきた韓国民衆運動史において、東学軍はほとんど初めて大成功と失敗とを同時に経験しながらも、その成功と失敗の意味を理解することができなかった。甑山が天地公事を準備しようとした時期も、まさに東学農民革命が平定され、両班たちが祝賀行事である詩会(詩會)を催していた時であったという。 『전경』「행록」 1-24.
『전경』「행록」 1-24.
国際情勢に疎く、日本と韓国の差異を理解できなかった東学信徒たちにとって、甑山の説明は理解しがたい内容であった。毎度日本に侵略ばかりされてきた朝鮮であるのに、かえって日本が朝鮮に解冤せねばならないという甑山の説明と公事は、当時としては受け入れがたいものであった。甑山は、日本が解冤せねばならないのは壬辰の乱において生じた三つの冤であるとし、日本を「三恨堂(三恨堂)」と呼び、日本の冤を解いてやることを天地公事のうち世界情勢に関わる地界公事の優先順位と定める。 『전경』「예시」 74. 日本が壬辰の乱において被った三つの恨は、王を捕らえられなかった点、非効率的に人命被害をあまりにも被らせた点、二毛作の技術を教えて朝鮮経済を復興させた点であるという。 『전경』「예시」 74.
『전경』「예시」 74.
『전경』「예시」 74.
甑山は、日本解冤公事の後、常識的には人界公事の最初の順位として語られるであろう人類最初の冤である丹朱解冤公事を行う。人間の怨恨の始まりとなったという堯帝の子丹朱の冤が解冤されることは、日本解冤がなされた後に中国報恩へと巡行する過程のうちにあるため、 『전경』「예시」 26; ., 日本解冤が地界公事として人界公事よりも優先順位となったものと見られる。甑山は、一般的な常識とは異なり、中国は朝鮮の朝貢を受けてきたので朝鮮に報恩をし、 『전경』「공사」 3-18. 日本は朝鮮に受け取るべきものがあって解冤するという。 『전경』「예시」 74.
『전경』「예시」 26; .
『전경』「공사」 3-18.
『전경』「예시」 74.
甑山はまた、かえって日本を「事を見る(일을 보는)」「日本人(일본 사람)」であるとし、 『전경』「공사」 2-4. 当時イギリスの競争者であったロシアを日本に勝たせて、日本を世界舞台の頂点に上らせ、東アジアを西洋の植民地が被る人種差別から保護しようとするという。 『전경』「예시」 23; 『전경』「공사」 2-4.
『전경』「공사」 2-4.
『전경』「예시」 23; 『전경』「공사」 2-4.
甑山の未来展望のうち、当時の民衆に印象深かった点は、断然、東学の敗亡の予言 『전경』「행록」 1-23 とロシア・日本戦争における日本の勝利であった。 『전경』「예시」 23 甑山は、牛禁峙の戦いと同じ時期に起こった金開南の清州の戦いに、 김탁, 『(한국종교사에서의) 동학과 증산교의 만남』, 한누리미디어, 2000. 自らの従徒であった安弼成と金亨烈を伴っていき、敗戦後の避難の道を準備してやって命を救う。また、ロシア・日本戦争における日本の勝利は、全世界の列強たちも予測できなかったことであった。ロシア・日本戦争において日本に勝利をもたらした予想外の東南風をあらかじめ予見した甑山の言行は、多くの注目を受けた。 『전경』「예시」 23-24.
『전경』「행록」 1-23
『전경』「예시」 23
김탁, 『(한국종교사에서의) 동학과 증산교의 만남』, 한누리미디어, 2000.
『전경』「예시」 23-24.
大巡思想は、渡江而西(渡江而西) 대순종교문화연구소, 「도주님의 봉천명(奉天命)Ⅱ」 『대순회보』 174, 2015. の原理によって、満洲から来た道主趙鼎山の五十年の工夫の終筆 『전경』「교운」 2-66. に従い、六・二五を避けながら蛇頭龍尾の形で発展を遂げる。突然の光復と六・二五に対応して、先制的に釜山甘川太極村へ道場を移した無極道は、太極道と名を変えた後、 『전경』「교운」 2-46. 再び一九六九年にソウルにおいて朴牛堂の大巡真理会へとつながる。 송하명, 「대순진리회 박우당 도전의 종교활동과 그 의의」, 대진대학교 석사학위논문, 2020.
대순종교문화연구소, 「도주님의 봉천명(奉天命)Ⅱ」 『대순회보』 174, 2015.
『전경』「교운」 2-66.
『전경』「교운」 2-46.
송하명, 「대순진리회 박우당 도전의 종교활동과 그 의의」, 대진대학교 석사학위논문, 2020.
原始返本の原理とともに、大巡思想の地界観の近代性の成立に重要な要素となるのは解冤である。未来への展望によって過去を廃棄する西欧の近代性は、戻る道を確保できないまま前へとのみ進む危険な山行のごときものである。過去の解冤なき西欧の近代性は、過去の冤をいっそう増幅させ、人類を戻ることのできない殄滅之境に追い込んだ、というのが大巡思想に現れた西洋の近代性に対する評価であった。真正なる近代性は解冤から始まるというのが、大巡思想に現れた自生的近代性の原理であり、これは天界観に比して相対的に冤が多い地界観から始まり、人身降世以後にこそ可能なものであった。
天地誠敬信(天地誠敬信)の地界観(地界觀)
超越天が東洋思想に再び出現する契機であった東学思想において、地に対する理解は造化(造化)、無為而化(無爲而化)、気化(氣化)などの概念によって提示された。しかし、九天が実体として出現する大巡思想において、地〔地〕は天地神明の概念によって理解される。
上帝はある日、従徒たちに「われはこの公事を担おうとするのではない。天地神明が集まり、上帝でなければ天地を正すことができないと言うので、苦しきこと限りないが、いかんともしがたく担うことになったのである」と仰せになった。 『전경』「공사」 1-9.
『전경』「공사」 1-9.
右の例文において、大巡思想に現れた九天の出現は、九天の意志ではなく、殄滅之境に陥った天地を救済するために天地神明の訴えによってなされた、やむをえざる結果であることを語っている。九天が実体をもつ大巡思想において、地観は地界観という形態で多重的意味を内包する。東学思想においては、気化・造化・無為而化など、人格的神明よりも抽象的かつ理法的な姿で天地が現れたが、超越神が実体をもつ大巡思想においては、天地が人格的な神明の姿で人間に出現する。その結果、大巡思想においては、九天に対比される地観概念としての地界が、天地神明のシステムである三界としてその姿を現す。
金光燦と申元一が上帝にお仕えしていた丁未年正月のある日、上帝は彼らに「鬼神は真理に至極であるので、鬼神とともに天地公事を判断するのである」と仰せになりながら、壁に文を次のように書いてお貼りになった。 『전경』「교운」 1-19.
『전경』「교운」 1-19.
右の例文において「真理に至極」であるという表現は、「一心」という側面と「没入と偏重」という側面の二つの意味を指示する。「一心」は一つの分野に卓越しているという意味であり、その裏面にはそれ以外の分野については別の神明が存在するという意味として解釈されうる。また、特化された機械的神明であるという神明の特徴は、相対的に有機的な肉体をもつ人間と対比される。神明が専門家のように一つの分野に秀でているが他の分野を知らないならば、人間は責任者のように広く知るが個別の分野においては神明より劣る。人間は、特化された神明が互いに調和するよう補ってやることのできる有機的性格をもった存在であることを意味する。
具体的に大巡思想において神明は、特定の分野に特化された機械のように一つの分野について秀でているが、他の分野については介入しない無数の神明によって構成されていることを示している。大巡思想において結局、宇宙は、一つの分野の真理に至極な機械的神明と、一つの分野の真理に至極な専門家ではないが諸分野に広く通じる有機的人間という二つの存在によって運行される、東洋的三才の隠れた原理を示している。天地の運行は、差錯(差錯)という誤りがあってはならないため、真理に至極な神明によって運行される。
天地に神明が満ち満ちているので、たとえ草の葉一枚であっても神が去れば枯れるであろうし、土を塗った壁であっても神が移り去れば崩れるのである。 『전경』「교법」 3-2.
『전경』「교법」 3-2.
右の例文において、土を塗った壁は無生物を、草の葉は生命を代表するという。右の例文は、大巡思想における三界のシステムを説明する。三界の界とは、神明で満ちたシステムを意味する。大巡思想の三界は、神明のシステムである天界・地界と、人間のシステムである人間界とによって構成される。したがって、三界が運行される原理は、天界・地界と人間界とにおいて差異が生じる。神明は一つの分野の真理に至極であるので、自らが担う分野については、時には九天の指示にすら従わない。
上帝はある日、従徒たちに仰せになるには、「われが扶安地方の神明を呼んでも応じないので、事情を知ろうとしてやむをえずその地方に行って見ると、元一が工夫するときにその地方神(地方神)たちが護衛して離れることができなかったためである。このようなことを見れば、工夫することをどうしておろそかにできようか」と仰せになった。 『전경』「교운」 1-63. 天地誠敬信。天と地が誠・敬・信である。(임영창, 「새 世紀 生活의 要諦 - 誠」, 『대순사상논총』 9, 2000, p.107)
『전경』「교운」 1-63. 天地誠敬信。天と地が誠・敬・信である。(임영창, 「새 世紀 生活의 要諦 - 誠」, 『대순사상논총』 9, 2000, p.107)
右の例文において、九天が扶安地方の神明を呼んだが、扶安地方の神明は自らの領域内に事があるため、上帝の召しにも応じないほどに真理に至極である。真理に至極であるという点は、問題点もまた内包している。これに九天は、神と人間の相互調和を問題解決の方法として提示する。
大巡思想において天地は、機械のように正確に運行されるが、その運行はまた無作為に与えられるものではなく、天地を運行する神明の至極な誠敬信(誠敬信)によって運行される。天地の化育が天地の誠敬信によってなされることが明確に明かされる箇所は、大巡思想の『전경』に初めて登場する。
天地誠敬信 『전경』「교운」 1-66.
『전경』「교운」 1-66.
誠敬信(誠敬信)とは、単一の概念である誠(誠)・敬(敬)・信(信)が合わさった用語であり、事を成就するために必要な努力の総体を意味する。大巡思想において神明の誠敬信は、さまざまな誠敬信が適用された事例のなかでも、最も至極な誠敬信として表現される。人間と神明はこの誠敬信を共有しながら解冤と報恩を行うため、誠敬信は自然の原理であると同時に人間修道の原理ともなる。大巡思想において人間と神明は、誠敬信によって互いに神人依導の関係をなし、解冤と報恩の関係をなす。
神人以陰陽成造化…(中略)
神無人後無托而所依人無神前無導而所依 『전경』「교운」 2-42. 神人をもって陰陽の調化をなす。(中略)神は人がなき後には依り頼むところがなく、人は神の前になければ導き依るところがない。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp.178-179)
『전경』「교운」 2-42. 神人をもって陰陽の調化をなす。(中略)神は人がなき後には依り頼むところがなく、人は神の前になければ導き依るところがない。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp.178-179)
右の例文において、大巡思想の相互補完的な神人関係は、天地の運行にもまた、異なる神と人の神人依導(神人依導)が要となることを示している。神人依導とは、身体がなく特定の分野に明るい神明が人間を導きうる(導)が、また身体がないために人間に依り頼むことになる関係を意味する(依)。人間と神明は陰陽の関係であるため、人間でなければ神は依り頼むところがなく、神明でなければ導いてくれる存在がない、という右の例文において、人間と神明の関係は天地の運行に核心的な関係となることを示している。したがって、依導(依導)の関係は、神人間の恩冤関係、すなわち解冤と報恩が要となる。地界もまた天界と同じくシステムの意味をもっており、大巡思想の地界公事に関する研究は地気統一公事として主に研究されてきた。大巡思想の地界は、主に解冤の方法によって地が解冤されることで、互いに和解する統合の境地へと進む。
「解冤」は、今日人類学において言うリミナリティ(liminality)の方式によって進められた。リミナリティは「敷居」という意味であり、どちらでもない境界状態を指す言葉である。 이영란, 『리미널리티』, 서울: 동방인쇄공사, 2020. 人類学において全世界に現れる通過儀礼は解冤を代表し、結婚式・葬式のように、どちらでもないリミナリティな儀礼を通じて「解冤」という変化を受け入れる。たとえば韓日合邦は、日本でもなく韓国でもないリミナリティの状態であり、これを通じて日本は解冤する。リミナリティは「霊魂結婚式」のように、立場を入れ替える状態となることである。日本解冤は、解冤公事という天地公事の実在性を表す客観的な徴表であり、日本解冤は三十六年間を要するほど重要な公事である。
이영란, 『리미널리티』, 서울: 동방인쇄공사, 2020.
大巡思想において天界は、神聖・仏・菩薩が集まって上帝に訴えるように天上公庭がなされる場であり、 『전경』「교운」 1-9: 『전경』「교운」 1-33; 『전경』「예시」 17. 地界は、利瑪竇の死後に開放された天地の間において、地下の文明神が天上に上って文明を学び人世に施す、文明と形体の世界である。 『전경』「교운」 1-9. 属性的な自然と実体的な人間とが文明神を通じて調和する。この三界が人間の冤によって秩序が乱れると、三界を再整備するために出現した思想が大巡思想であり、ここに東西洋融合の痕跡が現れる。
『전경』「교운」 1-9: 『전경』「교운」 1-33; 『전경』「예시」 17.
『전경』「교운」 1-9.
大巡思想の天を実体的な九天とするとき、天地神明が地に該当するため、九天に訴える存在は神聖・仏・菩薩となる。近代性と関連づけて見れば、大巡思想から見るとき、神明は人間に施したが、人間は物質に偏って神明の恩恵を忘却し、天地は殄滅するに至ったのである。大巡思想の天界に現れる神明は、属性のみを意味した東洋の天概念だけでなく、実体を強調する西洋の神概念とも符合する。
大巡思想において地は、神明が奉安されうる場である。神明は天にのみ奉安されているのではなく、地と人にも時代の変化に従って移動する。
天尊と地尊よりも人尊が大きいので、いまは人尊時代である。心を勤勉にせよ。 『전경』「교법」 2-56.
『전경』「교법」 2-56.
右の例文において天尊とは、神が天に奉安されている天尊時代の天尊を意味し、地尊とは地に奉安されている地尊を言う。神明が人間に奉安されうる人尊を可能にする、大巡思想の相関的思惟に基づくリミナリティと再活性化は、陰陽合徳・三才確立・五行具備であると言える。
人身降世による実体論的な九天の出現は、天地関係の包越として現れる。東学思想において九天の出現によって変化した天地関係は、神明が出現する大巡思想において実体的な関係へと変化する。金剛すなわち「雷声」という概念によって三界を連結させる大巡思想は、 『대순진리회 요람』, 「신앙의 대상」 뇌성. 東学思想の「天地鬼神」 『용담유사』「도덕가」. という概念によっても解決できなかった天地関係の相克化を、正陰正陽を通じて再活性化によって解決させる。
『대순진리회 요람』, 「신앙의 대상」 뇌성.
『용담유사』「도덕가」.
上帝はある日、後天における陰陽の度数を調整なさろうとして、従徒たちに五呪を修練させなさった。従徒たちが修練を終えてそれぞれ席を定めると、上帝は紙片を分け与えながら「後天の陰陽度数を見ようとするのである。各自、他の者が知らぬよう点を打って表示せよ」とお命じになると、従徒たちは心のままに点を打って差し上げた。「応鍾は二点、敬守は三点、乃成は八点、京石は十二点、公信は一点を打ったが、九点がないので、古来より一男九女という言葉はわからぬものである」と仰せになり、乃成に「八仙女という言葉があって八点を打ったのか」とお尋ねになり、応鍾と敬守に「老人たちが二人の妻を願っても、どうして耐えうるか」と仰せになると、彼らが「後天においては新たな気力が生じないのでしょうか」と問い返すと「もっともらしいことである」と仰せになった。そして上帝は京石に「お前はどういうわけで妻を十二人も願うのか」とお尋ねになると、彼は「十二の帝国に一人ずつ妻を置いてこそ満足できましょう」と答えると、この言葉をお聞きになって上帝は再び「もっともらしいことである」とお言葉をかけられ、公信を顧みて「京石は十二人も願うのに、お前はどうして一人だけを考えるのか」とお尋ねになると、彼は「乾坤(乾坤)があるだけであって、二坤(二坤)があることはできませんので、一陰一陽が原理であると存じます」と申し上げると、上帝は「お前の言葉が正しい」と仰せになり、「公事をよく見たので、客の接待をよくせよ」とお申しつけになった。公信は仰せのとおりに奉行した。上帝はこの陰陽度数を終えられ、公信に「お前は正陰正陽の度数であるので、その気運をよく耐えて受け、正心をもって修練せよ」とお申しつけになり、「文王(文王)の度数と伊尹(伊尹)の度数があるが、その度数を担おうとすればきわめて難しいのである」とお告げになった。 『전경』「공사」 2-16.
『전경』「공사」 2-16.
右の例文において正陰正陽(正陰正陽)とは、天と地とが先天には多重的に対応していたが、後天には一対一で対応するという意味となる。陽尊陰卑(陽尊陰卑)、抑陰尊陽(抑陰尊陽)、天尊地卑(天尊地卑)であった相克的な天地関係は、大巡思想の正陰正陽的な相生となり、天地関係は地上天国へと転化する。地上天国とは、天の国が地において実現され、地がすなわち天国となるという意味であり、天地の陰陽合徳を表す、大巡思想の天地関係の相生化を代表する概念である。大巡思想において地上天国は正陰正陽公事によってなされるが、天地が分離されるときから天地が化育する十二運星の原理として現れる。
年月日時分刻輪廻 皆是元亨利貞天地之道也 天地之用 胞胎養生浴帶冠旺衰病死葬而已 『전경』「제생」 43. 年月日時(年月日時)と分(分)と刻(刻)とが巡るのは、これらすべて元亨利貞(元亨利貞)なる天地の道(道理)である。天地の用(用)は、嬰児を孕み生み育てることであり、帯と冠を洗い、健康であり衰弱し病んで死に葬る(葬事)だけである。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp.175-176)
『전경』「제생」 43. 年月日時(年月日時)と分(分)と刻(刻)とが巡るのは、これらすべて元亨利貞(元亨利貞)なる天地の道(道理)である。天地の用(用)は、嬰児を孕み生み育てることであり、帯と冠を洗い、健康であり衰弱し病んで死に葬る(葬事)だけである。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp.175-176)
右の例文は、春夏秋冬の気運を象徴する元亨利貞が、年月日時にすべて無限に重畳して適用される原理であることを示しており、仏教の縁起的なネットワークはインドラ網として表現される。(신용국, 『인드라망의 세계: 유기체 세계, 인식자로서의 인간 (관계론적 존재관과 세계관의 조망)』, 서울: 하늘북, 2003. pp.62-66) 銀河と宇宙は十の三十乗という数で比例関係をなし、これは仏典に無量寿宇宙に言及して語ったさまざまな引用にすでに現れているという。(정윤표, 『티끌 속의 무한우주: 무한중첩우주의 비밀』, 부산: 프랙탈북스, 2010. p.3) 仏教の輪廻もまた、年月日時分刻輪廻の一つであると明確に言及している。円(圓)の原理によって輪廻(輪廻)は、仏教におけるように生(生)の輪廻にのみとどまるのではなく、極大と極小の時空間世界においてフラクタル原理によって作動する。円(圓)を元亨利貞として宣言した大巡思想の意義は、宇宙が同一構造の無限に重畳するフラクタル原理によって成り立っているという現代のフラクタル宇宙論と一致する。フラクタル宇宙論によって陰陽五行を説明するならば、無限重畳循環宇宙論と言えるであろう。『전경』においても、初期条件が万物を変化させる場合がしばしば言及される。丹朱・震黙・利瑪竇の場合、冤(寃)の波及力が無限に拡大する。大人は一指を弾くだけでも千里の外の軍艦を消すように、天を信じて心を正しくすれば天すらも畏れるほどの大きな変化を引き起こすことになる。(『전경』「교법」 3-20) 『전경』において元亨利貞は、宇宙のあらゆる変化の根本原理である大経大法(大經大法)としても表現される。 『전경』「교운」 2-33
仏教の縁起的なネットワークはインドラ網として表現される。(신용국, 『인드라망의 세계: 유기체 세계, 인식자로서의 인간 (관계론적 존재관과 세계관의 조망)』, 서울: 하늘북, 2003. pp.62-66) 銀河と宇宙は十の三十乗という数で比例関係をなし、これは仏典に無量寿宇宙に言及して語ったさまざまな引用にすでに現れているという。(정윤표, 『티끌 속의 무한우주: 무한중첩우주의 비밀』, 부산: 프랙탈북스, 2010. p.3)
円(圓)を元亨利貞として宣言した大巡思想の意義は、宇宙が同一構造の無限に重畳するフラクタル原理によって成り立っているという現代のフラクタル宇宙論と一致する。フラクタル宇宙論によって陰陽五行を説明するならば、無限重畳循環宇宙論と言えるであろう。『전경』においても、初期条件が万物を変化させる場合がしばしば言及される。丹朱・震黙・利瑪竇の場合、冤(寃)の波及力が無限に拡大する。大人は一指を弾くだけでも千里の外の軍艦を消すように、天を信じて心を正しくすれば天すらも畏れるほどの大きな変化を引き起こすことになる。(『전경』「교법」 3-20)
『전경』「교운」 2-33
右の例文において、元亨利貞と十二運星は体用関係として現れる。大巡思想においては、これまでその発生と作動の原因がわからなかった命理学の十二運星(運星)が、天地之道である元亨利貞と体用の関係にあることを明らかにした。体(體)である五運が現実的には六気という用(用)として現れるように、元亨利貞という天地の道である体(體)は、胞胎養生浴帯冠旺衰病死葬という十二運星の用(用)として現れるという。
胞胎養生浴帯冠旺衰病死葬は、運気学に出てくる十二運星、あるいは胞胎法(胞胎法)である。胞胎は母の胎内で胎児が着床することであり、養生は着床した胎児が発育することであり、浴帯は母の胎内から胎児が生まれ出ることであり、冠旺は帽子をかぶって旺盛に活動することを言う。胞胎養生浴帯冠旺衰病死葬(胞胎養生浴帶冠旺衰病死葬)は、今日十二運星とも呼ばれる「陰陽休旺説」の用語である。「陰陽休旺説(陰陽休旺設)」は、易学の五運六気(五運六氣)において六気(氣)に該当する気の動きであり、たとえば木気である甲(甲)は寅(寅)木において最も強盛な冠(冠)となり、木と相克となる金である申(申)において気運が始まる胞(胞)となる。
陰陽休旺説は、今日命理学において一部用いられているが、易学においては天地之用(天地之用)と言えるほど普遍的に用いられる概念ではないにもかかわらず、『전경』においては元亨利貞と体用関係をなす天地之用として引用されるほど強調されている。易学はあらゆる循環の根本モデルを提示するので、易学において循環の核心と言える気の循環を扱う陰陽休旺説が、『전경』において天地之用にまで言及されたと言える。大巡思想において陰陽休旺説は、問題解決の基本枠組みとなった。問題解決の原理である知所先後(知所先後)と厚薄(厚薄)は、 『전경』「교법」 2-51. 理と気の順序、すなわち陰陽休旺の順に事がなされることを示している。
『전경』「교법」 2-51.
十二運星は、生命が妊娠して育ち、大きくなって活動する全般の成長過程を十二段階に分けた、典型的な成長理論である。 이진훈, 「12운성에 관한 연구」, 공주대학교 석사학위논문 , 2010, pp.13-18. 十二運星は、陰陽と五行の理論が出会うことによって生じざるをえない必然的な結果である「陰殺陽生」と「陰陽順逆之説」に従ったものである。「陰殺陽生」とは、陰が衰えることが陽が生じることであり、「陰陽順逆之説」とは、その反対もまた同様であるということである。実際に『전경』にも「陰殺陽生」と「陰陽順逆之説」が現れる。
이진훈, 「12운성에 관한 연구」, 공주대학교 석사학위논문 , 2010, pp.13-18.
陰殺陽生 陽殺陰生 生殺之道 在於陰陽 人可用陰陽然後 方可謂人生也 『전경』「제생」 43. 陰殺陽生 陽殺陰生 生殺之道 在於陰陽 人可用陰陽然後 方可謂人生也。陰を殺せば陽が生き、陽を殺せば陰が生きるので、生殺(生殺)の道は陰陽にある。人が能く陰陽を用いることができてはじめて、まさに人生と言いうるのである。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp.175-176)
『전경』「제생」 43. 陰殺陽生 陽殺陰生 生殺之道 在於陰陽 人可用陰陽然後 方可謂人生也。陰を殺せば陽が生き、陽を殺せば陰が生きるので、生殺(生殺)の道は陰陽にある。人が能く陰陽を用いることができてはじめて、まさに人生と言いうるのである。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp.175-176)
『淮南子』『白虎通義』に現れる十二運星は、五行が八卦と出会って生潜斂蔵する陰殺陽生に現れる。 이진훈, 「12운성에 관한 연구」, 공주대학교 석사학위논문, 2010, pp.13-18. 十二運星は、十干が十二支に及ぼす様相である。『黄帝内経』の運気学(運氣學)の十二運星が言及されることは、運気学の大宇宙と小宇宙の区分を『전경』が反映していることを示している。大巡思想において地は、天地と十二運星の変化をなす存在として地位が浮き彫りにされる。大巡思想は、十二運星を二で割って天地之用を六用(用)とし、六用を天地人の三徳(德)とする。
이진훈, 「12운성에 관한 연구」, 공주대학교 석사학위논문, 2010, pp.13-18.
六用三德 三德則天德地德人德也 統合謂之大德也 (中略)
天地之用 胞胎養生浴帶冠旺衰病死葬而已 『전경』「제생」 43. 六用三德 三德則天德地德人德也 統合謂之大德也。六用(六用)は三徳(三德)であり、三徳は天徳(天德)と地徳(地德)と人徳(人德)である。統合(統合)を大徳(大德)という。(中略)天地の用(用)は、嬰児を孕み生み育てることであり、帯と冠を洗い、健康であり衰弱し病んで死に葬る(葬事)だけである。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp..623-624)
『전경』「제생」 43. 六用三德 三德則天德地德人德也 統合謂之大德也。六用(六用)は三徳(三德)であり、三徳は天徳(天德)と地徳(地德)と人徳(人德)である。統合(統合)を大徳(大德)という。(中略)天地の用(用)は、嬰児を孕み生み育てることであり、帯と冠を洗い、健康であり衰弱し病んで死に葬る(葬事)だけである。(양무목, 「救援 眞理로서의 陰陽合德과 民主主義」, 『대순사상논총』 2, 1997, pp..623-624)
したがって十二運星は、胞胎・養生・浴帯・冠旺・衰病・死葬という六用に分けられ、胞胎・養生・浴帯は天地人の三徳に該当する。天地化育はこの天地人の三徳によってなされ、これは再び天地人と関係する儒仏仙と連動する。
九天が実体として出現する大巡思想においては、造化・無為而化・気化などの東学思想の地観の概念が天地神明の概念として具体化されながら、十二運星が元亨利貞と体用関係にあることが明かされるなど、構成要素間の関係が明確になる。天地と陰陽、陰陽と神明の関係は『太一生水』に言及されている。太一が水を生じ、水が反って太一を補佐して天を成す。天が反って太一を補佐して地を成す。天と地とが重ねて互いに補佐して神明を成す。神明が重ねて互いに補佐して陰陽を成す。陰陽が重ねて互いに補佐して四時を成す。(太一生水, 水反輔太一, 是以成天。天反輔太一,是以成地。天地復相輔也,是以成神明。神明復相輔也,是以成陰陽。陰陽復相輔也,是以成四時。『곽점죽간』, 「태일생수」) このように、まず天と地(天地)があり、天と地(天)とが重ねて互いに補佐して神明(神明)が成る。その後に神明(神明)が重ねて互いに補佐して陰陽が成る。(김백현, 『도가철학연구』, 강릉: 동녘출판기획, 2002. pp.161-162) すなわち、元亨利貞の天地之道と十二運星の天地之用との間において、神明は体と用とを媒介する。天地之用へと拡大された大巡思想の地界観は、東洋の凝縮的な地観(1)、西洋の質料的な地観(2)、東学思想の造化定的な地観(3)を受容して、新たな天地之用の地界観を示す。これによって、東西洋が統合された聖と俗の再配置、すなわち近代性が定立され、さらに脱近代性へと転換される。
天地と陰陽、陰陽と神明の関係は『太一生水』に言及されている。太一が水を生じ、水が反って太一を補佐して天を成す。天が反って太一を補佐して地を成す。天と地とが重ねて互いに補佐して神明を成す。神明が重ねて互いに補佐して陰陽を成す。陰陽が重ねて互いに補佐して四時を成す。(太一生水, 水反輔太一, 是以成天。天反輔太一,是以成地。天地復相輔也,是以成神明。神明復相輔也,是以成陰陽。陰陽復相輔也,是以成四時。『곽점죽간』, 「태일생수」) このように、まず天と地(天地)があり、天と地(天)とが重ねて互いに補佐して神明(神明)が成る。その後に神明(神明)が重ねて互いに補佐して陰陽が成る。(김백현, 『도가철학연구』, 강릉: 동녘출판기획, 2002. pp.161-162) すなわち、元亨利貞の天地之道と十二運星の天地之用との間において、神明は体と用とを媒介する。
天地誠敬信(天地誠敬信) 地界観(地界觀)に現れた東西洋の地観(地觀)の再活性化
天地誠敬信(天地誠敬信) 地界観(地界觀)に現れた儒仏仙の地観(地觀)の再活性化
大巡思想においては、儒仏仙が天地之用の十二運星と関連するという。
受天地之虛無仙之胞胎
受天地之寂滅佛之養生
受天地之以詔儒之浴帶 『전경』「교운」 1-66. 受天地之虛無仙之胞胎 受天地之寂滅佛之養生 受天地之以詔儒之浴帶。天地(天地)の虚無(虛無)の気運を受けて仙(仙)が胞胎(胞胎)し、天地の寂滅(寂滅)の気運を受けて仏(佛)が育み、天地の以詔(以詔)の気運を受けて儒(儒)が浴帯(浴帶)する。(박용철, 「도통진경 (道通眞境) 에 대한 이해 (理解)」, 『대순사상논총』 5, 1998, p.361)
『전경』「교운」 1-66. 受天地之虛無仙之胞胎 受天地之寂滅佛之養生 受天地之以詔儒之浴帶。天地(天地)の虚無(虛無)の気運を受けて仙(仙)が胞胎(胞胎)し、天地の寂滅(寂滅)の気運を受けて仏(佛)が育み、天地の以詔(以詔)の気運を受けて儒(儒)が浴帯(浴帶)する。(박용철, 「도통진경 (道通眞境) 에 대한 이해 (理解)」, 『대순사상논총』 5, 1998, p.361)
十二運星の原理に従い、天地の胞胎の気運である虚無をもって仙道が生じ、天地の養生の気運である寂滅をもって仏道が生じ、天地の浴帯の気運をもって儒教の以詔が生じたという。大巡思想においては、天地の成長過程が宇宙万物に適用されるので、人間の成長もまた天地の十二運星の成長原理として解釈されうる。大巡思想は、十二運星という一貫性をもって人間の成長を説明している。仙道と仏教、儒教はそれぞれ胞胎・養生・浴帯の関係によって連結された存在となる。儒仏仙が胞胎・養生・浴帯を通じて遂行する役割を考察すれば、
佛之形體仙之造化儒之凡節 『전경』「공사」 3-39. 佛之形體仙之造化儒之凡節。仏の形体、仙の造化、儒の凡節。(박용철, 「도통진경 (道通眞境) 에 대한 이해 (理解)」, 『대순사상논총』 5, 1998, p.361)
『전경』「공사」 3-39. 佛之形體仙之造化儒之凡節。仏の形体、仙の造化、儒の凡節。(박용철, 「도통진경 (道通眞境) 에 대한 이해 (理解)」, 『대순사상논총』 5, 1998, p.361)
仏教は養生をしながら形体を作り、仙道は造化によって陰陽を合徳させて胞胎をする。胎内から生まれ出た嬰児は凡節を学ぶことになる。人間が仙(胞胎、天)―仏(養生、地)―儒(浴帯、人)の順に発展していくならば、天地が生じるのは反対に儒(子、天)―仏(丑、地)―仙(寅、人)の順に生じる。易の十一一言においては、地支を中心として天地の開闢原理を論じ、先天の地支が子丑から始まることを次のように論じている。「十土六水는 不易之地니라 一水五土는 不易之天이니라. 天政은 開子하고 地政은 闢丑이니라. 丑運은 五六이오 子運은 一八이니라。(十土の六水は不易の地であり、一水と五土は不易の天である。天の政は子に開き、地の政は丑に開く)」(김항, 『정역』, 「십오일언」, 제이십이장, 이현중, 「정역의 干支 度數 원리(1)」, 『동서철학연구』.27, 1998, p.59) 道家思想と仏家思想を主客の側面から論じるならば、認識対象の側面において主体と客体が合一された世界の自覚を成そうとしたのが道家思想であるとすれば、認識主体の側面において主体と客体が合一された人格性の世界を自覚しようとしたのが仏家思想であると言える。これに対して儒家思想は、自覚にその中心があるのではなく、自覚の可能根拠としての存在そのものを闡明することによって、それを根拠として自覚と実践にその中心がある。したがって道家と仏家・儒家の思想が時間的な継代関係をなしながら、出生期と生長期、そして長成期をなす。(이현중, 「역학적 패러다임을 통한 한국철학의 사적 이해」, 『동서철학연구』 16(1), 1998, p.13) 虚霊と知覚もまた、対象と主体の側面において存在の闡明を神明として理解しうる。また出生―生長―長生は胞胎―養生―浴帯と関係する。
易の十一一言においては、地支を中心として天地の開闢原理を論じ、先天の地支が子丑から始まることを次のように論じている。「十土六水는 不易之地니라 一水五土는 不易之天이니라. 天政은 開子하고 地政은 闢丑이니라. 丑運은 五六이오 子運은 一八이니라。(十土の六水は不易の地であり、一水と五土は不易の天である。天の政は子に開き、地の政は丑に開く)」(김항, 『정역』, 「십오일언」, 제이십이장, 이현중, 「정역의 干支 度數 원리(1)」, 『동서철학연구』.27, 1998, p.59) 道家思想と仏家思想を主客の側面から論じるならば、認識対象の側面において主体と客体が合一された世界の自覚を成そうとしたのが道家思想であるとすれば、認識主体の側面において主体と客体が合一された人格性の世界を自覚しようとしたのが仏家思想であると言える。これに対して儒家思想は、自覚にその中心があるのではなく、自覚の可能根拠としての存在そのものを闡明することによって、それを根拠として自覚と実践にその中心がある。したがって道家と仏家・儒家の思想が時間的な継代関係をなしながら、出生期と生長期、そして長成期をなす。(이현중, 「역학적 패러다임을 통한 한국철학의 사적 이해」, 『동서철학연구』 16(1), 1998, p.13) 虚霊と知覚もまた、対象と主体の側面において存在の闡明を神明として理解しうる。また出生―生長―長生は胞胎―養生―浴帯と関係する。
道傳於夜天開於子 轍環天下虛靈
敎奉於晨地闢於丑 不信看我足知覺
德布於世人起於寅 腹中八十年神明 『전경』「공사」 3-39. 道傳於夜天開於子 轍環天下虛靈 敎奉於晨地闢於丑 不信看我足知覺 德布於世人起於寅 腹中八十年神明。道は夜に伝わって天は子の時に開き、孔子が天下を巡った虚霊となり、教は暁に奉じられて地は暁に開き、釈迦がわが足を見てもなお信じられぬかと言った知覚となり、徳が世に布かれるのは人が起きる寅の時であり、老子が母の胎内に八十年いた神明となる。(교무부, 「공자」, 『대순회보』 84, 2008,; 김광년, 「불신간아족지각(不信看我足知覺)」, 『대순회보』 136, 2012; 전성기, 「노자」, 『대순회보』 147, 2013)
『전경』「공사」 3-39.. 道傳於夜天開於子 轍環天下虛靈 敎奉於晨地闢於丑 不信看我足知覺 德布於世人起於寅 腹中八十年神明。道は夜に伝わって天は子の時に開き、孔子が天下を巡った虚霊となり、教は暁に奉じられて地は暁に開き、釈迦がわが足を見てもなお信じられぬかと言った知覚となり、徳が世に布かれるのは人が起きる寅の時であり、老子が母の胎内に八十年いた神明となる。(교무부, 「공자」, 『대순회보』 84, 2008,; 김광년, 「불신간아족지각(不信看我足知覺)」, 『대순회보』 136, 2012; 전성기, 「노자」, 『대순회보』 147, 2013)
大巡思想の地界観は、この儒仏仙の地界観を実際の地に具現することである。神明が奉安されうる地はまた、天と同じく再活性化され、天文と同じく地もまた再整列される。大巡思想の地界観は三神山から出発し、父母山である回文山と母岳山において整備され、山王と海王の穴位が整列される。
この地は古くより蓬萊山・瀛洲山(一名 神仙峰)・方丈山の三山が三神山と呼ばれてきた所である。
まず三神山の場合、三神山は、古代道教思想である神仙思想と風流思想が、大巡思想の出発した井邑を中心として興ったことを示す代表的な地名である。井邑はまた、東学農民運動が起こった所でもある。 고남식, 「강증산의 강세지(降世地)인 정읍시(井邑市)에 나타난 구천상제(九天上帝) 신앙과 그 양상*전북 정읍시 망제봉ㆍ객망리ㆍ시루산의 암시 및 정읍 관련 천지공사와 관련하여」, 『대순사상논총』 40, 2022. 井邑は、当時、渤海の水中に沈んだという三神山のある位置に近く、全国の三神山のうちとりわけ井邑の三神山は全国的に知られている。金成煥・鄭在書らの先行研究のように、井邑は秦漢時代の神仙思想を代表する徐福(徐福, BC 255-?)が不老草を求めて行った旅路の途上であった可能性もある。 김성환, 「한국 선도의 맥락에서 보는 증산사상: 전북 서부지역의 선맥(仙脈)을 중심으로」, 『대순사상논총』 20, 2009; 정재서, 「호남 도교의 진인대망론(眞人待望論)과 강증산의 탄강(誕降)」, 『대순사상논총』 41, 2022. 三神山が九天の応じうる地であるとすれば、父母山は九天が作った天地神明と対応しうる場である。
고남식, 「강증산의 강세지(降世地)인 정읍시(井邑市)에 나타난 구천상제(九天上帝) 신앙과 그 양상*전북 정읍시 망제봉ㆍ객망리ㆍ시루산의 암시 및 정읍 관련 천지공사와 관련하여」, 『대순사상논총』 40, 2022.
김성환, 「한국 선도의 맥락에서 보는 증산사상: 전북 서부지역의 선맥(仙脈)을 중심으로」, 『대순사상논총』 20, 2009; 정재서, 「호남 도교의 진인대망론(眞人待望論)과 강증산의 탄강(誕降)」, 『대순사상논총』 41, 2022.
上帝は各処において精気を抜く公事を行われた。江山の精気を抜いて合わせようとして、父母山(父母山)の精気からまず公事をご覧になった。「父母山は全州の母岳山(母岳山)と淳昌(淳昌)の回文山(回文山)である。回文山に二十四穴があり、そのうちに五仙囲碁形(五仙圍碁形)があり、碁の変(碁變)は唐堯(唐堯)が創作して丹朱に教えたものであるから、丹朱の解冤は五仙囲碁から大運が開けて巡るのである。次に四つの明堂(明堂)の精気を総合せねばならない。四つの明堂は、淳昌の回文山(淳昌回文山)の五仙囲碁形と、務安(務安)の僧達山(僧達山)の胡僧礼仏形(胡僧禮佛形)と、長城(長城)の巽龍(巽龍)の仙女織錦形(仙女織錦形)と、泰仁(泰仁)の拝礼田(拜禮田)の群臣奉詔形(群臣奉詔形)である。そして扶安の辺山に二十四穴があるが、これは回文山の穴数の相対となり、海辺にあって海王(海王)の度数に応じるのである。回文山は山君(山君)、辺山は海王(海王)である」と仰せになり、上帝はその精気を抜かれた。 『전경』「공사」 3-6.
『전경』「공사」 3-6.
地の陰陽の始まりと言える父母山のうち「父」に該当する回文山は、大巡思想において世界平和が始まる五仙囲碁穴のある所でもある。一般的な風水地理が微視的な家事(家事)や国事(國事)に取り上げられるとすれば、大巡思想の風水地理は巨視的に天下事(天下事)に関連する。
また上帝は張根に食醯一甕を醸させ、この夜の初更に食醯を大きな器に盛って、引鐘の下に置かれた後に「碁の始祖である丹朱(丹朱)の解冤度数を、回文山(回文山)の五仙囲碁穴(五仙圍碁穴)に付けて朝鮮の国運を巡らせようとするものである。五人の仙人のうち一人の仙人は主人として手をこまねいて傍観するだけである。四人の仙人は碁盤を置いて互いに組を作って取り合おうとするので、日数が遅れて勝負が決しないため、いま崔水雲を招いて証人として立て、勝負を決しようとするのであり、この食醯は水雲を接待するものである」と仰せになり、「お前たちが持っている文集(文集)にある文句を知っているか」とお尋ねになると、数人が「記憶している句があります」と答えた。上帝は白紙に「乞群굿 草蘭이牌 男寺党 女寺党 三대치」と書き、「この文がすなわち呪文である。唱えるとき笑う者があれば死ぬので、用心せよ」とお告げになり、「この文には曲調があり、もし唱えるとき曲調に合わなければ仙人たちが笑うであろう」と仰せになり、上帝は自ら曲調を付けて読まれ、従徒たちに従って読ませると、やがて冷たい気運が漂った。上帝は読むのをやめ、「崔水雲が来たので、静かに聞いてみよ」と仰せになると、突然、引鐘の上から「家長(家長)が厳粛であれば、そのような色がどうしてあろうか」と叫ぶ声が聞こえると、「この言葉はどこにあるのか」とお尋ねになった。一人の従徒が答えるには「水雲歌詞(水雲歌詞)にあります」。上帝は引鐘の上に向かって、二言三言、聞き取れぬように言葉を交わされた。 『전경』「공사」 2-3.
『전경』「공사」 2-3.
回文山が父の山であると同時に世界平和の始まりとなる五仙囲碁が始まる所であるとすれば、地の陰陽の始まりと言える母岳山は、父母神のうち「母」に該当し、甑山が神明として三十年を留まった金山寺があることになる。
金山寺に上帝に従って行ったとき、上帝は従徒たちに 天皇(天皇) 地皇(地皇) 人皇(人皇) 後 天下之大金山(天下之大金山) 母岳山下(母岳山下)에 金佛(金佛)이 能言(能言)하고 六丈金佛(六丈金佛)이 化爲全女(化爲全女)이라 萬國活計南朝鮮(萬國活計南朝鮮) 淸風明月金山寺(淸風明月金山寺) 文明開花三千國(文明開花三千國) 道術運通九萬里(道術運通九萬里) という句を唱えてくださった。 『전경』「예시」 1-14.
『전경』「예시」 1-14.
右の例文において「母岳山下(母岳山下)に金佛(金佛)が能言(能言)し」とは、金山寺に九天の降世が予想されるという意味となる。東学思想の地観と大巡思想の地界観を比較すれば、大巡思想は東学思想に比して相関的思惟の拡大によって地の役割が増大し、リミナリティの様相が強化される。代表的に、地気を強化するために「三尺三寸の地を焼く」というのは、再活性化を拡大するために甑山が遂行した地気統一公事を通じてなされる。
後天においては、種を一度植えれば毎年根から新芽が生えて収穫することになり、地も手を入れずとも沃土となるであろう。これは地を三尺三寸焼くゆえである。 『전경』「교법」 3-41.
『전경』「교법」 3-41.
右の例文において、地を「三尺三寸」焼く理由は、地を沃土へと地位上昇させて地上天国を作ることを示している。「三尺三寸」とは、伝統的な地官(地官)が、地の気運が影響を及ぼす範囲とみなした範囲である。天気(天氣)は九万里(九萬里)であり、今日の人工衛星の軌道と一致するという。
大巡思想の地界観の特徴は、終末ではなく地上天国という「地上主義(地上主義)」的な宗教観であるという。 고남식, 「통합적 삼계관과 지·인관계의 인존 논리: 지상신선실현 관련 공사를 중심으로」 『대순사상논총』, 2002, p.206. 「地上主義」とは、聖と俗の境界を再配置する契機を意味する。車善根は内庭と霊台の関係を道教とともに論じる。 차선근, 「진법주와여조전서(呂祖全書)로 살펴본 영대와 내정」 『대순종학』 4, 2023, 大巡思想において地界観は、風水地理とともにきわめて大きな比重を占める。
고남식, 「통합적 삼계관과 지·인관계의 인존 논리: 지상신선실현 관련 공사를 중심으로」 『대순사상논총』, 2002, p.206.
차선근, 「진법주와여조전서(呂祖全書)로 살펴본 영대와 내정」 『대순종학』 4, 2023,
地界観の場合、父母山と二十四穴処が再整備される。父母山である母岳山と回文山、そして世界の根源山である内蔵山を中心として、山君(山君)と海王(海王)の二十四穴を再整備する。
上帝は各処において精気を抜く公事を行われた。江山の精気を抜いて合わせようとして、父母山(父母山)の精気からまず公事をご覧になった。「父母山は全州の母岳山(母岳山)と淳昌(淳昌)の回文山(回文山)である。回文山に二十四穴があり、そのうちに五仙囲碁形(五仙圍碁形)があり、碁の変(碁變)は唐堯(唐堯)が創作して丹朱に教えたものであるから、丹朱の解冤は五仙囲碁から大運が開けて巡るのである。次に四つの明堂(明堂)の精気を総合せねばならない。四つの明堂は、淳昌の回文山(淳昌回文山)の五仙囲碁形と、務安(務安)の僧達山(僧達山)の胡僧礼仏形(胡僧禮佛形)と、長城(長城)の巽龍(巽龍)の仙女織錦形(仙女織錦形)と、泰仁(泰仁)の拝礼田(拜禮田)の群臣奉詔形(群臣奉詔形)である。そして扶安の辺山に二十四穴があるが、これは回文山の穴数の相対となり、海辺にあって海王(海王)の度数に応じるのである。回文山は山君(山君)、辺山は海王(海王)である」と仰せになり、上帝はその精気を抜かれた。 『전경』「공사」 3-6.
『전경』「공사」 3-6.
地気統一公事の中心となるのは回文山と母岳山である。父母山である回文山と母岳山の公事と、全羅道の三神山、そして智異山・金剛山・漢拏山の外三神山に対する運回公事と、山君と海王の二十四穴公事が地界公事の中心となる。天地公事によって天界が整列され、天人関係は東学思想の調化関係から発展した相生関係へと再活性化される。人身降世によって天円地方の天地関係を仲裁する人間の地位が再活性化され、天地公事は東西洋の相克的な地人関係を相生へと転換させる。儒仏仙の地観が各個別に構成されているとすれば、大巡思想の地界観は十二運星へと統合されて現れる。
天地誠敬信(天地誠敬信) 地界観(地界觀)に現れた西洋の地観(地觀)の再活性化
西洋の世界観は実体的世界観である。西洋において言う地は、東洋において言うように天と感応して天地の化育に参与する存在ではない。ただ天の形象が適用される質料的実体であるか、天の形象のとおりに作られて人間が支配・管理する対象である。これによって西洋の地は、神明で満ちた東洋の地とは異なり、人間の便宜のために活用される対象であった。『전경』にはこれについて、蒼生の便宜として表現している。